大判例

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仙台高等裁判所 昭和59年(行コ)9号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人が昭和四九年四月三〇日東京電力株式会社に対してなした福島第二原子力発電所の原子炉設置許可処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に補正付加する外、原判決事実摘示及び訴訟記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第一  原判決の補正

原判決九枚目(記録一〇三丁)裏四行目、一二枚目九行目及び一〇行目の各「製練」を「製錬」に、同一八枚目裏六行目の「ほとんどで」を「ほとんど」に、同二六枚目裏八行目の「ならは」を「ならば」に、同二七枚目裏四行目の「冷却却材」を「冷却材」に、同三二枚目表七行目の「第一冷却水」を「第一次冷却水」に、同五六枚目(記録一五〇丁)表九行目及び一〇行目の各「量域」を「領域」に、同五九枚目裏九行目、六三枚目表四行目の各「二四条」を「二五条」に各改める。同七四枚目(記録一六八丁)表末行の「を受けた」を「した」に、同七五枚目表四行目の「多重の」を「多量の」に、同面一〇行目の「原爆被曝者」を「原爆被爆者」に、同七六枚目裏六行目の「経過的」を「経費的」に各改める。

同一〇八枚目(記録二〇二丁)表三行目の「発地」を「発表」に、同一〇九枚目表末行の「教訓」を「教育」に、同一一〇枚目裏五行目の「製作所」を「製鉄所」に、同一一一枚目表初行の「発火」を「発生」に、同一一四枚目(記録二〇八丁)表七行目の「二条」を「八条」に、同一一五枚目裏一〇行目の「構ずる」を「講ずる」に各改める。同一二二枚目(記録二一六丁)表二行目の「具体的に」の次に「示」を加え、同一二三枚目表一〇行目の「二四・三九〇年」を「二万四三九〇年」に、同一三〇枚目(記録二二四丁)表八行目の「ディッシュ」を「ディッシェ」に、同一三七枚目(記録二三一丁)表五行目の「クラッケ」を「クラック」に、同一六六枚目(記録二六〇丁)裏初行及び末行の各「本件炉」を「本件原子炉」に、同一六七枚目裏九行目の「圧力容量」を「圧力容器」に各改める。

同二一六枚目(記録三一〇丁)裏三行目の「昌道」を「唱導」に、同二三六枚目裏末行の「基本的性真」を「基本的性質」に、同二九〇枚目(記録三八四丁)裏一〇行目の「気ガス」を「希ガス」に各改め、同三三六枚目(記録四三〇丁表)末行の「である。」の次に「)。」を加え、同三三九枚目裏一~二行目の「金属 水反応(水 ジルコニウム反応」を「金属-水反応(水-ジルコニウム反応」に改める。

第二  控訴人らの主張

一  控訴人らの原告適格と司法審査のあり方

1  原判決の立脚する法律見解について

(一) 原判決は、行訴法九条に定める原告適格について、「処分により自己の個人的権利若しくは法律上保護された利益を侵害された者」が認められるのであり、原子炉設置許可基準に定める「災害の防止上支障がない」との要件(原子炉等規制法二四条一項四号)は、公益と合わせて周辺住民の個人的利益を保護法益にしている、と解することにより控訴人らの原告適格を肯認した。そして、同条一項に定める要件のうち、一号、二号、三号(経理的基礎)は、もっぱら公益に関わるものであって控訴人らの法律上の利益に関わらないから、控訴人らは右要件不備を訴訟上主張することができないとし、控訴人らが本件訴訟で主張することができる違法事由を、同条一項三号中の技術能力及び四号の各要件、すなわち原子炉施設自体の安全性に関する事項の審査、判断に係る瑕疵に限られる旨説示し、法律要件ごとに取消事由となり得る違法事由か否かを細かく吟味し、審理対象をきびしく限定する、という手法をとった。

しかしながら、右法律見解は、取消訴訟について包括的な行政の適法性、控制機能が後退しひいては国民の権利救済機能を狭める結果に至るものであり、立法者においても、取消訴訟の審理対象を純然たる私益保護条項の違反だけに限定しようとする意図はなく、行訴法一〇条一項の意義をここまで厳格に解釈することは不当である。原子炉等規制法二四条一項一号、二号、三号(経理的基礎)にも住民の生命、身体及び財産の安全を確保する目的が存在することは明らかであり、また公益と私益は交錯して区分も曖昧であるのに、これをもっぱら公益を図るためだけであるとして審判対象から排除した原判決の法律見解は誤りである。取消訴訟における審理対象は、純然たる私益保護要件のみならず行政処分に関連するすべての規定、さらには法の一般原則などの不文法をも含め、広く包括的にあらゆる違法事由に及ぶべきものである。

なお、法の保護している生活利益を「公益」と「個人的利益」とに分類するとしても、そこにいう「公益」とは不特定又は多数の個人及びその生活利益の集まりにほかならず、その区分も相対的なものに過ぎず、審理対象を限局化するための基準となるような明確な区分ではあり得ない。日本国憲法は「個人」に究極の価値の根源を認めており、国家や社会は「個人」の集合であって、構成員たる個人個人の生活利益の集合なのである。「公益」と「個人的利益」を明確に区分する見解は、日本国憲法の立場に適合せず「公益」の名のもとに「個人的利益」を切り捨てる思想にもつながりかねない。行政法規は抽象化一般化された公益を主たる目的とするものであるから、それに合わせて個別的具体的な利益保護を目的にすることがないというのであれば、行政処分の名宛人以外の者について原告適格が認められるか、の法律論議をする意味さえなくなってしまう。ちなみに、法律利益救済説にいう法律上保護された利益の根拠についても、(イ)当該処分の条文の全体の趣旨によって保護された利益、(ロ)当該処分の根拠となる各要件法規(手続要件を含む)によって保護された利益、(ハ)当該処分の根拠となる具体的要件法規によって保護された利益、(ニ)憲法上または何らかの法律、条理法で保護された利益に分類されるなど、相当な広がりがある。

しかして、法律上利益救済説の立場で行訴法九条の解釈に臨むにしても、原子炉等規制法の立法目的や同法二四条を総合すると、周辺住民の生命、身体及び財産等が保護されているとの解釈により、端的に原告適格を肯定すべきである。

(二) 原子炉等規制法の分野別規制論について

原判決は、原子炉等規制法が「核燃料物質及び原子炉の利用について、各種の分野に区分し、それぞれの分野の物質に応じてそれぞれの分野毎に一連の所要の安全規制を行う体系になっている」とする分野別規制論を展開する。

この見解は、使用済燃料の再処理等の後続過程にかかる諸技術について科学技術上のその安全を確保し得る一定の合理的見通しのあることが前提となって、始めて是認できるものであるところ、核燃料サイクル技術体系が未完成であると言われている現状においては、なによりも核燃料サイクル全体に対する包括的総合的安全審査を実証と科学の裏打ちに基づいてなす必要があるのであり、これが安全な技術として可能であるかとの総合判断は、原子炉設置許可申請に対する安全審査段階でなされることが相当である。

(三) 原子炉等規制法等の段階的規制論について

原判決は、原子炉等規制法が設置許可段階における安全審査に後続する審査手続を規定していることをもって、「段階的安全規制の法体系がとられている」との法律見解を示した。同法と電気事業法による規制は、原子炉施設の設計から運転に至るまでの過程を原子炉施設の設置許可、工事計画の認可、使用前検査、保安規定の認可、定期検査の段階的に区分して、それぞれの規制手続を介入させているから、原子炉設置許可の際になされる安全審査の対象は「原子炉施設に関する基本設計ないし基本的設計方針に限られる。」というのである。

右見解によれば、安全確保のために必要不可欠な事項について、法令上の根拠もなく且つ工学上も明確に区分できないのに基本設計と詳細設計という抽象的概念に峻別して、安全審査手続においては基本設計のみを審査することとし(しかも、許可申請書及び添付書類について定められた記載事項のうちでも、たとえば固定廃棄物の最終処分や使用済燃料の再処理の見通しなどは不当に軽視して、これを審査対象から外している。)、基本設計以外の事項は後続の審査手続に委ねるものであるが、後続の審査手続は、認可処分・検査と合格・届出にすぎず、許可処分とは形式効力を異にしているうえ、原子力委員会も関与しないのである。設置許可処分は、基本・詳細設計を問わずに安全審査したうえでなされるべきものであり、後続の審査手続は設置許可どおりに計画・施行・運転されているかどうかを確認する意味しかない。対象を基本設計に限定した安全審査によっては、事故・故障を防止することができず「災害の防止上支障が」あることは内外の事故例が実証している。

たとえば、制御棒駆動装置について、それがいかなる時でも原子炉の特性に適合した速度で制御棒を駆動できるかは、工事認可の段階で審査されることになっており、設置許可の段階では単に駆動装置があるかないかということを審査するにとどまっているが、それでは無意味である。また、一九八一年敦賀発電所一号炉における液体状放射性廃棄物の漏洩は、一般排水口用暗渠の上に廃棄物処理建屋を建設していたことが主要な原因であるが、放射性物質が外部に漏洩しないための建屋の具体的設計は工事計画認可の段階で審査されることになっている。いずれの故障・ミスについても詳細設計上の問題とされるのであろう。しかしながら、これらは設置許可の審査の対象に含めるべきであり、また基本設計と詳細設計の区別が曖昧であることの証左でもある。

2  トータルシステムに対する安全審査の必要性

原子炉設置許可は、それに伴い必然的に発生する事態、すなわち、労働者被曝、温排水、使用済燃料・廃棄物・廃炉の処理処分、事故発生時の防災対策などを考慮したうえでなお「災害の防止上支障がない」と判断された場合にのみ、設置許可は許されるものとしなければならない。次に、右各事態の現状を紹介する。

(一) 労働者被曝

昭和六一年度に、全国の原発労働者は平均〇・一八レム被曝した。福島第二原発では平均〇・〇四レム(内訳は、〇・五レム未満が五六五一人、〇・五レム以上一・五レム未満が六四人である。)、福島第一原発では平均〇・三四レム(内訳は、〇・五レム未満が八六七二人、〇・五レム以上一・五レム未満が二四五六人、一・五レム以上二・五レム未満が四五五人、二・五レム以上三レム未満が五〇人である。)となっている。そして、右員数の九〇パーセント強が社員外の下請労働者であり、さらに一・五レム以上の被曝者はすべて下請労働者である。これは全国的傾向であって、総被曝労働者五万六七八四人中五万一二四六人が下請労働者であり、また平均被曝線量も社員が〇・〇八レムであるのに下請労働者は〇・一九レムになっている(プレストンとピアスによれば、死のリスク係数について、五レムは一一五人に一人が死亡し、三レムは一九二人に一人が死亡し、〇・五レムは一一五〇人に一人が死亡するレベルである、と評価している。)。

下請労働者の多くは地元採用の傾向にあるから、その被曝は周辺住民の被曝線量増加につながる。

(二) 使用済燃料の処理

使用済燃料再処理技術が確立していないため、膨大な量の使用燃料は処理の見通しが立たないまま、原発サイトに貯蔵されている。

(三) 放射性固体廃棄物の処理

放射性固体廃棄物についても、最終的処分の見通しは立っていない。昭和六一年度末における全国の固体廃棄物ドラム罐累積保管量は四四万一七九五本、その他の種類の累積保管量二万七五八三本相当と合わせて四六万九三七八本相当に達しているが、これを受容する貯蔵設備容量は七六万六六〇〇本である。福島第二原発では、累積保管量が八八八一本、貯蔵設備容量が三万二〇〇〇本になっており、また運転歴の長い福島第一原発では、貯蔵設備容量が二九万八五〇〇本であるところに、すでに二三万九八三八本相当(その他の種類のものを含む)が保管されている。

やむなく打ち出された対策が、貯蔵設備の増設である(たとえば、福島第一原発では、昭和五三年に四万四六〇〇本から一〇万六六〇〇本へ、昭和五六年には二一万一五〇〇本へ、翌五七年には二九万八五〇〇本へと増設して来た。)が、放射性固体廃棄物を原発敷地内に貯蔵保管することが長期に及ぶ場合には、(イ)地震・火災・津波等により、貯蔵中の廃棄物がそのまま若しくは破損して外部環境にさらされて、放射能が放出することはないか、(ロ)貯蔵中に生ずる腐食などによってフィルター・スラッジ、イオン交換樹脂の貯蔵タンクやドラム罐が破損し、内蔵されていた放射能が漏洩することはないか、(ハ)漏洩した放射性物質が周辺監視区域外にまで流出して環境や海産物を汚染したり、地下水を汚染するということはないか、ドラム罐・タンクなどの容器について何年間の耐腐食性=健全性を保障する技術仕様を要請するのか、ことに容器が水、熱などにさらされた場合の耐性、耐浸出性をどう規定するのか、等々の問題がある。

そして、放射性固体廃棄物の大量且つ長期間貯蔵の事態を想定した安全審査がなされていないから、右事態により周辺住民の生命・健康・財産が侵害されるおそれを生じている。

(四) 廃炉の処理、処分

廃炉の方式として、日本では五ないし一〇年の貯蔵期間をおいた後撤去に入るのが望ましい、という方向が出されているが、世界中でも廃炉を解体撤去した例はなく、解体方法について未だ研究開発中の段階にあるうえ、解体により生じた廃棄物の撤去・処分方法についても解明されていない。右廃棄物は、一時的大量に発生し、放射能レベルがさまざまであり、放射化物と汚染物があり、物理的化学的に種々雑多なものが多い、という特徴を有するが、これをどのように処理するのか、周辺住民にとっては重大関心事である。

(五) 防災体制

チェルノブイル級事故が発生した場合に、周辺住民の生命・健康を守るだけの防災体制は確立しているであろうか。TMI事故を教訓として日本の防災体制の見直しをした昭和五五年六月の「原子力発電所等周辺の防災対策について」は、防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲として、原子力発電所等から八ないし一〇キロメートルの距離を目安として用いるというのであるが、これではチェルノブイル級事故には対処できない。

緊急医療体制については、原発設置県においてすら中央病院に除染施設を設置することがやっとで、専門医や専門ベットなどもほとんどないし、また放射線医学総合研究所から派遣されるものと想定される専門医を中心とする医療チームにしても、これが一〇組も用意できるのかどうか疑わしい。緊急技術助言組織については、組織はあっても構成員による勉強会も現地調査も行われていない。防災訓練についても、原発設置県のうちで防災業務関係者への教育訓練が二週間程度の研修コースを一回程度実施した例があったようであるが、住民参加の訓練例はない。

チェルノブイル事故を超える規模の事故発生のおそれがまったくないとは断言できないところ、そうした事故発生を想定した防災対策が完備していないでは、防災対策の欠如の故に災害が拡大するのを防止することができない。

3  基本法及び原子炉等規制法の違憲性について

原子炉設置許可処分は、危険な原子力の使用禁止を解除する手続きであるから、覇束裁量というべきである。国民の権利を制限し、または国民に義務を課する法規は法律によることが必要であるところ、原子炉は、事故発生の際はもとより平常運転時においても、多量の放射性物質を周辺環境に放出して周辺住民の生命、身体、財産等に甚大な損害を与え、もって国民の権利を侵害するものであるにもかかわらず、原子炉設置許可の要件を定める原子炉等規制法二四条一項、特にその四号は白地規定にも等しく、さらに同許可処分にあたり審査の基準となる告示、安全設計審査指針、気象の手引等はいずれも法的根拠を欠いており、かかる法規制は憲法三一条、四一条、七三条一項に違反する。ことに原子炉は放出する放射性物質によって控訴人らの生命、身体、財産等を損傷し、刑事手続による基本的人権の侵害とは比較にならぬほど重大深刻な基本的人権の否定をもたらすものであるから、その設置許可手続については憲法三一条に従って適正手続を保障し、処分庁が当該根拠法規上はもとより他法規との関係でも公正であること、原子炉設置予定地周辺住民の同意を得ること、公聴会の開催、周辺住民に対する告知、聴聞の機会の設定、周辺住民に対し安全審査に関する全資料を公開すること等が要求されているものである。しかるに、基本法及び原子炉等規制法は右所要の規定を欠き、憲法の要求する適正手続条項に違反する。

安全審査会は、基本法及び原子炉等規制法に基づいて安全審理するにあたり、審査の対象を原子炉施設に関する基本設計ないし基本的設計方針に限定したうえ、申請者から提出された申請書、添付書類について審査すれば足り、そのために新たな資料を独自に収集し調査審議する必要はなく、またその判断も審査員の専門技術的裁量に委ねられている。このように審査の対象及び方法を限定することにより、適法な原子炉設置許可がなされても安全とはいえない場合すら出現する。しかして、安全審査を経て原子炉設置許可がなされたときでも安全性は保障されないというのであれば、基本法一条、二条、原子炉等規制法二三条、二四条は住民の生命健康及び財産を保全する機能を果さないことになり、憲法一三条、一四条、二五条、二九条に違反する。

二  炉工学的安全性について

1  軽水炉発電技術の未成熟性

軽水炉発電技術には、既存の工業技術が経験したことのない固有に過酷な条件、すなわち、(イ)軽水を動力用の熱媒体として所要の温度を得るために冷却材の圧力を高める必要があり、冷却系全体が高温(摂氏三〇〇度)高圧(七〇ないし一五〇気圧)となること、(ロ)急激な温度勾配(燃料棒において中心温度摂氏二八〇〇度と表面温度摂氏六〇〇度との差が摂氏約二二〇〇度にも達する。)と大きな熱流束、(ハ)核反応による放射線の発生と照射損傷・脆化、(ニ)莫大な量の放射能を長期間完全に封じ込める必要性、(ホ)複雑な構造の炉心部における冷却水の高速の流れ、(ヘ)核分裂生成物とこれによる腐食、(ト)原子炉停止後の崩壊熱の管理、等であり、なお試行錯誤を繰り返して技術的改善を図っている状況にある。そして、右の過酷な技術的要求に応じるために開発される新しい素材は、原子炉技術にしばしば未知要因を持ち込み、また既知の素材も従前の条件と著しく異なる条件下で使用された場合に未解明の現象を生じ、炉内で生じる現象の複雑さと既存の技術と全く異なる時間単位など、一つを克服すれば次の問題が判明するという段階にある。安全審査基準が次々と手直しされ指針類が整備されていく事実は、取りも直さず軽水炉技術の未成熟性を物語るものであり、ことに本件許可申請にかかる安全審査における審査基準の厳格性に重大な疑念を抱かせる。

2  核燃料の健全性について

(一) ペレッド-クラッド相互作用

(PCI)

原判決は、「(被控訴人の対策が)PCIの原因を本質的に除去し得ているか否かともかくとして、本件原子炉においては、PCI及びPCIを原因とする応力腐食割れ事象に対する対策が講じられることとされている」として、運転管理面で、一九七三年頃より原子炉の運転にあたり出力上昇速度を押さえる、いわゆるならし運転の方法が採用されていることを挙げるにとどまる。一九八五年一一月の実験研究者の報告論文においても「出力急昇中、時々刻々変化する燃料棒のPCI、特にPCI破損にとって重要な燃料棒周方向の変形に関する炉内データーが、どの出力急昇実験においてもほとんど得られていない。」と指摘されている。

PCI破損の発生は、(イ)被覆管そのものがSCCに対して感受性をもっていること、(ロ)被覆管にあるレベル以上の応力または歪が加わること、(ハ)被覆管内面において腐食性雰囲気(よう素などの腐食性核分裂生成物)の濃度が高いことに原因するが、右の発生原因及びこれが出力急昇と関係あることが判明したのは一九七〇年代の初めであったのに、いまなお解決を見ておらないし、PCI発生原因を本質的に除去し得る見通しはないのが現状である。

(二) LOCA時の燃料棒の健全性について

LOCA時に燃料棒の健全性が確保されるかは、ECCSが作動して有効に機能するかにかかっており、他方ECCSの有効性も燃料棒の健全性にかかっている関係にある。

(1) LOCA時の燃料のふるまいについて概観するに、燃料集合体は水蒸気雰囲気で昇温し、また炉心露出からECCSによる再冠水までに燃料被覆管は内外差圧のためにふくれ破裂を起こし、雰囲気の水蒸気により酸化されて脆くなる。これらの変化によって集合体の冷却可能の形状が失われるおそれがある。

被覆管の破裂ふくれ量に及ぼす因子はいくつかあるが、影響の大きなものは破裂温度(したがって燃料棒内圧)と周方向の温度分布である。実験結果ではふくれの絶対量は試料の過熱方法によって非常に変わるが、α相高温部とβ相でふくれの極大がありα+β領域で最小になる傾向にある。温度差が生じる原因には、燃料集合体で制御棒のような非発熱体が隣にある場合、不均一な水蒸気流によって除熱が不均一になる場合、二酸化ウランペレットの偏心等による熱伝導の不均一等が考えられている。

ジルカロイ被覆管と水蒸気が反応すると、表面に二酸化ジルコニウム、その内側に酸素を多量に含んで高温までα相が安定になる金属相が形成される。この二相はいずれも脆く、被覆管の延性は酸素含有量が少なく、高温ではβ相に変態する肉厚中央の部分に依存する。ジルカロイと水蒸気の反応則は一二七三度K以上では放物線則に従うとされているが報告値がばらついている。その中では我国の暫定指針でも採用されたベーカー・ジャストの値が最も大きいので、保守的になっているとされたものである。

LOCA時に被覆管は破裂するが、破裂後は被覆管内面も侵入した水蒸気で酸化される。この場合には、酸化反応に伴って発生する水素が雰囲気に留まるので水素と水蒸気の混合ガスとの反応となり、水蒸気のみによる酸化と異なった挙動をする。すなわち、多孔質で厚い酸化膜をつくったり、酸素のみならず水素をも吸収する。この場合の被覆管の脆化には酸素のみならず水素も寄与する。

(2) 右の状況は本件安全審査当時判明していた事もあるが、審査後の研究を通して判明したこともあり、いずれにしてもきわめて複雑な現象で実験と研究の積み重ねによって少しづつ真実に近づいていく過程にある。そして、問題は、現象の全体像が把握された上で審査されたのではなく、未解明の現象については、保守的な基準あるいは安全余裕を見込んで審査を行ったから、「安全が確認された」という審査の方式・姿勢にある。これほど重要な審査対象部分の多くが、「保守的」という命題でカバーされてしまう事について、重大な疑問を提示せざるを得ない。

(3) ECCS安全評価指針の限界値である燃料被覆管温度の計算値の最高値摂氏一二〇〇度は、TMI事故において突破された。

原判決は、「ECCSの炉心冷却能力はLOCA時の被覆管表面温度をECCS安全評価指針より十分低く抑える能力があり、現在のECCSは設計基準事故に対する有効な防護系であると」評価しているが、たとえ、ECCSが有効に作動して、燃料棒の温度が摂氏一二〇〇度以下に保持されたので、燃料被覆管が壊れたり、溶融したりしなかったとしても、ECCSが作動せず(停電や人的因子など)、あるいは作動しても有効でなかったとしたら、燃料棒の健全性は保たれるか。その否定結果がTMI事故であって、炉心は次々と摂氏一二〇〇度を突破して、炉の崩壊・溶融を生じたのである。

本件安全審査時の暫定指針、その後の評価指針はここでも、設計基準事故には耐えられても、それを超える事故には耐えられないことが確認されるし、また摂氏一二〇〇度の確保それ自体が厳密なものでないことも明らかにされている。

3  圧力バウンダリ応力腐食割れの危険性について

(一) 原判決は、「SCC対策は、昭和五三年頃にほぼ確立し、本件原子炉についてもそれによって具体的に対処されており、圧力バウンダリにおけるSCCは既にその原因や機構が明らかになっており、具体的な鋼種の選択、具体的な溶接工法の採用、具体的な運転方法の実施の各段階における所要の対策が講じられている事象であり、(かつ)SCCを検出する技術も確立されている」との事実を認定しているが、これは事実誤認である。

昭和五三年以降も、日本各地でSCCによる放射能漏れ事故が頻発している。昭和五四年に敦賀原発一号炉で、昭和六〇年には福島第一原発六号炉と東海第二原発で、いずれもSCCを原因とする原子炉スクラム事故が発生した。昭和五七年に高浜原発一号炉で、昭和六一年には伊方原発一号炉で、これもSCCを原因とする原子炉スクラム事故が発生した。

またPWRについても、美浜原発一号炉では、昭和五三年に蒸気発生器細管の四分の一が使えない状態であり、またわが国に設置されている炉一五基のうち、右細管が無傷なのは五基にすぎない。そして、昭和五九年に腐食した細管を生き返らせる技術を開発した。細管のキズ部分の内側にさらに細いパイプを溶接するために、一箇所あたり一〇グラムの金を使う。交換不能な蒸気発生器には、このような金歯がふえている。

(二) SCCを原因とする重大事故が複数発生している。

(1) サリー原発事故(ギロチン破断事故)

サリー原発二号機(米国バージニア州、PWR、定格出力八一・一万KW)が、定格出力運転中のところ、昭和六一年一二月九日午後二時二〇分頃、蒸気発生器の主蒸気隔離弁が閉止し原子炉がトリップした。原子炉トリップ後、タービン建屋にある二次系の給水ポンプ入口配管(炭素鋼、口径四五〇mm)が破断した。このため作業員八名が火傷し、うち四名が死亡した大事故である。

事故の主因は「エロージョン/コロージョン(侵食・腐食作用)により破断エルボ周辺に厳しい減肉が発生したこと」とされる。事故炉の超音波試験による肉厚測定の結果では、内表面の肉厚の減少が傾斜的に著しくなっている。とくに数箇所エルボのタテ・シーム溶接部の近傍で、局部的な孔食が出て、外表面まで突き抜けていた。部分的には一・二mmの厚さになっており、その近くの部材は二・二mmから三・六mmの肉厚となっていた。これは八〇~七〇パーセント減肉されたことになる。

(2) ノースアナ原発事故(蒸気発生器内のパイプ破断)

昭和六二年七月一五日午前六時三五分米国バージニア州のノースアナ原発一号機(PWR)で蒸気発生器内のパイプが破断するという特異な事故が発生した。その結果大気中に放射能物質が漏れた。蒸気発生器の損傷がパイプ破断にまで進行した例である。

(3) 昭和六一年一一月三日午前〇時四〇分福島第一原発二号炉が停止した。配管の振動によって再循環ポンプ系の内径二・五センチの小口径の配管に亀裂が生じ霧ふきのように水蒸気を噴出し続けていたとされる。内周の半分近くにまで亀裂は達し、ギロチン破断の寸前であった。

(三) SCCは、腐食性環境の三因子(材料、応力、環境)の完全改善か各因子の改善によって発生しがたくなると言われるが、わが国では材料と応力については改善努力が見られるものの、いわゆる水環境と言われる点については、例えば原子炉運転中の炉水中の溶存酸素濃度の低減などについてはほとんど手がつけられていない。

すなわち、材料については、本件安全審査時に採用予定されていたステンレス鋼タイプ(SUS)三〇四にかわってSUS三〇四LさらにはSUS三一六L、ついで炭素濃度低減と窒素を添加したSUS三一六NGなどが採用されていると見られるのであるが、BWRでは炉水中の溶存酸素濃度の低減は難しく、鋭敏化したステンレス鋼のSCCに及ぼす溶存酸素の影響が顕著であるにもかかわらず、これまでもほとんど採用されていない。実験が始まったばかりにすぎない。PWRでもSCC環境因子としての二次系水質処理に変遷がある。当初リン酸塩処理でスタートしたが、蒸気発生器細管が濃縮したリン酸塩によって減肉するという腐食トラブルを経験し、揮発性薬品処理(AVT)へと切り換えられた。ところが運転実績を経るうちにIGAと称される新しい種類の腐食障害が、水質が向上しているにもかかわらず出現するようになってきた。遊離アルカリがIGAの原因となり、いくつかの不純物(酸化剤)がそれを加速するということが明らかになっている。その結果給水ヒドラジン濃度の増加(高ヒドラジン運転)及びホウ酸注入が適用されている。しかしその結果はまだ判明していない。

とてもSCC対策が確立しているとはいえない。

4  圧力バウンダリの照射器脆化について

(一) 原判決は、「原電用原子力設備に関する構造等の技術基準(昭和四五年九月三日通商産業省告示第五〇一号及び昭和五五年一〇月三〇日同省告示五〇一号)に照らすと、本件原子炉に係るNDTによる表示の意味するところと、島根二号炉に係る関連温度RTNDTとは概念自体まったく異なるものであることが窺われ」ると判示するが、これは右基準の理解を明らかに誤るものである。

RTNDTを求めるにはまず落重試験を行って無延性遷移温度TNDTを求める。RTNDTとTNDTとの関係は二つのケースに分かれ、第一の場合はRTNDT=TNDTとなる。いま一つのケースではTNDTより摂氏三三度以上高い温度で所定の試験(シャルピー衝撃試験)を実施し、得られた結果(TI)から摂氏三三度を差引いて算出した数値をRTNDTと定義する。ところで、TIはTNDTより摂氏三三度以上高いある温度としているので、これから摂氏三三度を差引いたRTNDTはTNDTより高いことはあっても低くはなり得ない。従ってこの場合RTNDT≧TNDTとなる。第一のケースを含めた場合もRTNDT≧TNDTと表現する。

次に旧基準におけるNDTと右に述べた新基準のTNDTとの関係であるが、新旧基準とも全く同じ落重試験を行い、旧基準では一個の試験片が破断しない場合この温度をTNDとし、新基準では二個の試験片が二個とも破断しない場合、この温度から摂氏五度を差引いてTNDTとする。二個とも破断しないということで、新基準はより厳しくなっているが(すなわちTNDT>NDTの可能性が高い。現に甲第二六五号証九六頁ではそのように断言している)、しかし摂氏五度差引くことを考慮してTNDT~NDTと考えてよい。こうしてRTNDT≧TNDT~NDT、すなわちRTNDT≧NDTが得られる。

即ち同一材料を二つの基準で比較した場合、一般にRTNDTの方がNDTより高い値が出ることを示している。(TNDTを求める際、摂氏五度を差引くことを重視して比較するならばRTNDT+5℃≧NDTの式を用いればよく、これはRTNDTに摂氏五度を加えたものがNDTより小さくなることは絶対にないことを示している。)

(二) 本件原子炉と島根原子炉のNDT及びRTNDTは次のようになっている。

〈表省略〉

右に述べてきたようにRTNDT≧NDT(RTNDTはNDTより大きくはなっても小さくはならない)という関係を用いて島根原子炉の遷移温度をNDTを用いて書き直すならば、右表は次のように書き換えることができる。

〈表省略〉

また特に摂氏五度の引算が大きな効果を持つと考えてRTNDT+5℃≧NDTの式を用いるならば、

〈表省略〉

となる。このようにNDTで比較して(初期同士、末期同士)24℃~19℃以上本件原子炉が高いことが明らかであり、本件原子炉が島根原子炉より著しく劣っていることを意味する。

(三) PWRとBWRの圧力容器脆性破壊について

PWRに比してBWRは、(イ)寿命末期における圧力容器の中性子照射量が少ない、(ロ)圧力容器の肉厚が薄い、という理由で熱衝撃による脆性破壊が起こりにくいということはしばしば指摘されている。しかしながらこれは単に一般的傾向を示しただけで、決してBWRでは脆性破壊が起こらないという保証を与えたことにはならない。製造時の欠陥などの圧力容器の個々の特徴を取り入れて評価する必要があり、評価しなければならない。

BWRにおいても、局所的に熱衝撃が加わる可能性はある。例えば、小破断事故時において、作動した高圧炉心スプレイ系からの水が制御棒案内管を流下し、下部プレナムとの間隙から案内管台座や圧力容器壁に接触する場合が考えられる。この場合、案内管の上には冷水が流下し、この流下量が大きい場合には、加圧熱衝撃を生ずる可能性がある。冷水と熱水との混合は完全でなく、高圧の条件下で局所的に相当低温の流体が流下し、圧力容器壁に接触することを否定できないからであり、高圧下で熱衝撃が起これば、激しい流体振動(あるいは圧力振動)等を生じ、内部構造物ひいては圧力容器の破損に至る危険性がある。

5  LOCAとECCSの有効性について

(一) ECCSの有効性については、実験の裏付けがない。ECCSに関する本格的模擬実験は、本件安全審査以後に実施されている。事後の研究成果をもって、昭和四九年四月三〇日までに為された本件原子炉にかかる安全審査及び設置許可処分の適法性を補うことはできない。

〈表省略〉

かえって、ECCS不作動の事例が存在する。

独立した二系統以上が作動されるように設計され、外部電源が喪失したとしても非常用電源が設置されているという設計条件の下でも、なおECCS不作動という事態はあり得るし、現に無視できない確立で生じ、その結果はきわめて重大であった。TMI事故以降研究・解析の進みだした過酷事故・SA(シビア・アクシデント)の場合にも、全交流電源喪失事故や給水・ECC水等の注入の完全喪失事故が想定されている。

(二) 本件安全審査においては、大口径のギロチン破断は審理されているが、中小口径破断は漏洩及びギロチン破断のいずれも審査されず、なおECCS不作動や単一故障ベースを超えた故障・事故に関しても審査されていない。

しかして、本件安全審査後のECCS実験結果によって、大口径破断と中小口径破断の差異など、次のように問題点が指摘された。

(1) HPCS(高圧注入系)故障を仮定した場合、再循環系配管の大破断と小破断のシナリオは似るが、急激圧のメカニズムは異なる。大破断ではダウンカマの再循環系への出口ノズルが蒸気中に露出することによっており、小破断ではADSの作用によっている。

(2) 再循環系のジェットポンプ駆動ノズルと再循環ポンプ出口の二箇所縮流部での面積の和S(約八〇パーセント破断相当)より破断面積が小さい場合には、再循環系配管破断のLOCA挙動は破断位置に依存しない。又Sより大きい再循環系出口側破断のLOCA挙動は破断面積に依存しない。

(3) 主蒸気隔離弁より上流側での主蒸気系配管破断ではダウンカマ水圧の低下が遅い。従ってHPCS故障及び格納容器圧力高でのECCS作動の失敗を仮定した場合には、炉心露出が起こり被覆管温度が上昇する。

(4) 被覆管表面温度(PCT)は炉心水位の過渡と密接に相関する。

(5) 二〇〇パーセント破断より小さい破断の方がPCTが高くなることがある。

(6) 再循環ポンプの入口側破断より出口側破断の方がPCTが高くなる。

(7) 給水系配管内の水がフラッシングして減圧速度を低下させ、LPCIの作動が遅れた。

(8) ECCSが有効であるためには早期に注水を炉心に供給することが重要である。PCTが摂氏三五〇度以下の時ECCS水が到着すれば炉心はすぐ冷却される。逆に摂氏三五〇度以上となるとECCS水が炉心に到着後、炉心冷却の回復に時間を必要とする。

単一故障指針を前提とするのであれば、いずれの場合でもPCTは現行の全基準の一四七三度Kをクリアーするが、ECCSが作動しないと仮定した場合の二〇〇パーセント大破断実験ではPCTは上限を突破する。TMI事故が、その適例である。

6  格納容器の健全性について

格納容器が過酷事故に耐えられるのかは、安全性の本質的要求である。

研究によると、過酷事故として次のシーケンスが挙げられている。

(一) 全交流電源喪失事故-外部電源喪失時に非常用交流電源喪失を伴う事象。過去のニューヨーク大停電や八七年七月二二日の関東大停電が想起される。

(二) 崩壊熱除去機能喪失事故-タービンや復水器といった主除熱系の機能喪失に加えて残留熱除去系の機能喪失を伴う事象。

(三) 給水及び非常用炉心冷却材等注入の完全喪失事故-復水を圧力容器に戻す給水系の不作動に続いて高圧注水系・低圧注水系・原子炉隔離時冷却系の全系統の不作動に伴う事象。

(四) スクラム失敗事故-何らかの過渡事象発生時に、全制御棒の挿入失敗を伴う事故。

(五) スクラム排出容器小破断事故-原子炉建屋内にあるスクラム排出容器の破損によるLOCA(冷却材喪失事故)。

以上のシーケンスは事故例に基づいて想定され、何よりもTMI、チェルノブイル両事故の発生によって裏付けられている。そして、ECCS不作動が格納容器の信頼性、ひいては原発の最終的な信頼性を検証するうえで必要な想定であることは明らかである。

7  ヒューマンファクターの不審査と審査の違法

些細なヒューマン・エラーが巨大システムで拡大増幅されて信じられない程の規模に進展する。インド・ポパール化学工場における有毒ガス漏洩事故、日本航空B-七四七SR墜落事故、スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故、チェルノブイル事故等である。河合信郎は、事故の底には、設計・構造レベルで全過程を把握し、システム総体に責任を負いうる人間がいないこと、系の物質・エネルギー変換の規模と速度が大きいため、いったん定常(正常)状態から外れると極端に制御が困難になることがある、との問題点を挙げ、これらの情報システムレベルでの困難と現実の物量レベルでの困難は、事故のもとであるとともに、事故が生じてはじめてわかることであるという。

ところで、マン・マシン・インターフェイスの問題は、本件許可処分の以前から論議されて来たものであって、一九七四年八月二〇日関係者に配布されたAECの文書WAS-一四〇〇(案)、同時期の米国物理学界グループの報告書「軽水炉の安全性」、一九七六年二月GEを退職した三人の技師の米国上下院両院合同原子力委員会における証言、市田崇著「信頼性技術 設計・製造・使用」(昭和四七年七月出版)等において、指摘されている。そして、運転員に求められる「運転管理能力の通常レベル」を検討するうえで重要なことは、それが到達すべき目標、すなわち物指しが不明確であるということである。また、黒田勲は、「原子力発電所におけるヒューマン・ファクターの諸問題」において、ヒューマン・エラー発生のメカニズム等について詳細な検討を行ない、あわせて今後検討を要する多数の問題の所在を論述している。

原発の事故を防止し安全性を確保するためには、マン・マシン・インターフェイスの研究・開発が不可欠である。しかしながら、現状は原子力安全白書にもいうように人的因子の研究はまだ緒についたばかりであり、体系的に進められているとは言えない。十分な研究成果を欠いたままの原子炉の設置・運転は重大な危険性をもっている。

8  重大事故発生の可能性と本件安全審査の本質的欠陥

(一) 控訴人らは、DBAで包絡される範囲外とされたクラス9の事故が存在することを指摘して来た。しかるに、我国の原子炉の安全審査においては、発生確率がきわめて低く、それゆえ環境へのリスクも又きわめて低いであろうから、設置許可申請において環境への影響の評価及び設計上の対策をする必要のない事故として、クラス9の事故たとえば炉心溶融事故が発生することを想定した審査はされていない。炉心溶融事故に対し格納容器が十分耐えられるかどうか、その前段階にあたるLOCA時にECCSが機能しない場合についても審査されていない。TMI、チェルノブイル両事故の発生により前提がくつがえされてもなお、本件原子炉の安全審査は有効といえるであろうか。

(二) 十分に余裕をとってあり得べからざる大事故を仮定し、なお原子炉の安全性を確保できるという立論は、中小の事故は全て右の仮定事故の範囲で計算できるという前提である。「大は小を兼ねる」論である。

例えば、BWRの制御棒落下事故や配管のギロチン破断などがDBEの一つに想定されている。このようなことが現実に起こるとは考えられていないとされていたが、配管のギロチン破断はすでにサリー原発で発生した。「考えられない事故」としても「想定できる事故」は現実に起こり得るというのがこの一つの教訓であるが、問題はこれらの仮想事故が結局全ての事故をカバーできていないという結果に存在する。

配管の大口径ギロチン破断事故は、中小口径配管の漏洩・破断事故を包絡できず、中小口径配管の小破断LOCAの方が大口径ギロチン破断より発生確率が高く、且つ炉心溶融に至る危険が高いことがTMI事故により証明され、さらに全く別のシーケンスによっても冷却材喪失が生ずるということがギネー原発事故によっても証明されたことは、前述した安全審査の手法が破産したことを意味する。

(三) 安全性確保の要求を満足させる方法として、単一故障指針がある。判断する対象の系統の中に、任意に一つの故障(一応設計上最悪の故障を仮定する。)を仮定して所要の機能を果たすことができるかどうかをみるというものであるが、これも原発事故の経験から所定の有効性を確認できていない。むしろ、否定されたと言える。一つは、設計上完全に除外できない共通要因故障の存在である。これは一見無関係、独立に見える二つ以上の系統や機器が、共通した一つの原因で同時に機能喪失するものである。もう一つは人の介在=人的因子である。

(四) 本件安全審査にいう、多重防護とはクラス9の事故を設計基礎事故から除外したうえでの対策であり、想定事故とは発生確率が高く且つ危険も重大で包絡線内におさまらない事故を除外し、単一故障指針とは機能の安全性を審査する手法として重要な要因を除外しているなど、安全審査の思想のいずれにも重大にして本質的な欠陥がある。本件安全審査は、事故に至る人間の問題(ヒューマン・ファクター)、複合起因事象(二つ以上の起因事象がほとんど同時に発生するか、あるいは一つの起因事象から始まった事故シーケンスによって他の起因事象が誘因されたらどうなるかという問題。)、事故時に安全系がさらに故障するという多重故障問題についても、審査対象にしていないから違法たるを免れない。

三  チェルノブイル事故と本件安全審査

1  チェルノブイル事故の概要

(一) チェルノブイル発電所の概要

チェルノブイル発電所はソ連のウクライナ共和国の首都キエフ市の北約八〇キロ、プリピアチ川の河岸に位置している。

チェルノブイル発電所では事故を起こした四号炉を含め、事故発生当時、一〇〇万キロワット級の黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉(RBMK-一〇〇〇型炉)四基が運転中で、二基が建設中であった。事故を起こした四号炉は、燃料としてウラン二三五を二パーセントに濃縮した二酸化ウラン、減速材として黒鉛、冷却材として軽水を用い、熱出力(定格)は三二〇万キロワットであった。

この炉の主要な特徴としては、(イ)多数の縦型の圧力管チャンネルに燃料を収納し、チャンネル内に冷却材を流して、燃料を冷却するいわゆる圧力管型炉である。軽水炉のような原子炉圧力容器は存在しない。(ロ)ジルコニューム被覆管に収納した低濃縮二酸化ウラン燃料を円筒状に束ねた燃料集合体が用いられている。(ハ)減速材として黒鉛ブロックを柱状に積み重ねた黒鉛パイルが用いられている。(ニ)タービンに蒸気を直接供給する再循環型軽水冷却沸騰小型炉である。

長所としては、(イ)大型の圧力容器が不要なこと、(ロ)複雑で高価な蒸気発生器が不要なこと、(ハ)中性子経済が良好でかつ運転中に燃料交換が可能なこと、(ニ)燃料等の健全性のチェックがチャンネル毎に行えること、(ホ)炉の大型化が容易であること、が指摘され、短所としては、(イ)大きな正のポイド反応度係数が現れること。(ロ)炉心の出力分布が不安定になりやすく、複雑な制御システムを必要とすること、(ハ)各チャンネルの入口、出口の配管が複雑になること、(ニ)黒鉛構造物及び金属構造物に大量の熱エネルギーが蓄積されること、が指摘されている。

(二) 事故の経過

チェルノブイル発電所では、一九八六年四月二五日、保守のため、四号炉を停止することになっていた。この機会を利用して、外部電源が喪失してタービンへの蒸気供給が停止した場合、タービン発電機の回転慣性エネルギーによって、ECCSの一部など所内の電源需要にどの程度対応できるかを調べるための試験を行うことになっていた。

事故は以下のような順序によって発生した。

(1) 一九八六年四月二五日午前一時、試験計画に従って、運転員は定格出力三二〇万キロワットで運転していた炉の出力低下を開始した。一三時五分、炉の出力が定格出力の半分である一六〇万キロワットまで低下した一四時、試験計画に従って(圧力、流動の変動によってECCSが誤作動し、実験の障害になることを避けるため)、非常用炉心冷却系(ECCS)が切り離された。この時、第七タービン発電機を解列(タービンへ蒸気の供給を停止)した。

試験計画では、出力低下をそのまま続けるはずであったが、キエフの給電指令所からの要請により、その後約九時間にわたって一六〇万キロワットの運転が続いた。その間実験のための準備の作業は継続された。ECCSは切ったままであった。

(2) 試験計画によれば、この試験は出力が七〇万~一〇〇万キロワットで実験を行うことになっていた。給電指令所からの要請が解除されたので運転員は二三時一〇分、出力低下を再開した。ところが、運転員が炉心の各部分の出力のバラつきをなくすために使われる局所出力自動制御系(LAC)と炉心全体の出力を変えるための平均出力自動制御系(AC)の切り替えに失敗したため(LACとACの利き具合を合わせておいて切り替えるべきところこれが等価でなかった)、出力は急激に低下し、一時は三万キロワット以下となった。

(3) 四月二六日午前一時、運転員は制御棒を手動で引き抜くことにより、出力を二〇万キロワットまで回復させたが、ゼノン(キセノン)の毒作用が進行し(キエフの給電指令所からの要請により約九時間、定格出力の二分の一出力で運転したことによりゼノンの毒作用が進行した)、二〇万キロワット以上の出力上昇は困難であった。

(4) 午前一時三分・同七分、二〇万キロワット以上の出力上昇が困難であったにもかかわらず試験・実施のための準備が進められた(実験の目的であるタービンの慣性エネルギーから取り出した電気によってECCSが動くかどうかを確認するための模擬負荷として、および試験終了後の崩壊熱冷却のため)。既に作動していた六台の主循環ポンプにさらに二台を追加起動させた。そのため炉心を通過する水の量が増加し、ボイドが減少し、気水分離器内の蒸気圧と水位が低下した。気水分離器内の圧力と水位の低下によって、原子炉が緊急停止することを防ぐため、運転員は同信号をバイパスさせた。

(5) 運転員は、気水分離器水位の低下を防ぐため、気水分離器への給水量をさらに増やし始めた。気水分離器から低温の冷却水が炉心に流入したため、炉心の蒸気量が減少し、負の反応度が加わった。これを見た運転員は、出力を維持するため、さらに制御棒を引き抜いた。この時点で「反応度操作余裕」は、規定の三〇本を大幅に下まわる六~八本にまで下がっていた。

(6) 気水分離器の水位が上昇したため、運転員は一時二二分頃給水流量を急減させた。これによって、炉心入り口での冷却材温度は上昇し、ボイド率が増加した。

(7) 一時二三分、原子炉は出力二〇万キロワットの運転状態にあり、原子炉の諸パラメーターは一見安定した状態にあったので、運転員は試験の開始を決意した(しかし、実際は低出力で反応度は正となっていたこと、反応度操作余裕が極端に減少していたこと、冷却材ボイド係数が大きくなっていたこと、炉心全体でボイドが発生しやすい状況にあったことなど、炉心は非常に不安定な状態になっていた)。試験に先立ち、運転員は第八タービン発電機トリップによる原子炉緊急停止信号をバイパスした。

(8) 一時二三分四秒、運転員は第八タービン発電機の蒸気停止加減弁を閉じ、試験を開始した。蒸気をストップさせた第八タービン発電はコーストダウン(慢性運転による回転エネルギーの減少)をし始めた。八台の主循環ポンプのうち四台はコーストダウンしている第八タービン発電機から負荷をとっていたため、タービンの慣性が衰えるとともに力を失っていき、炉心流量が減少し始めた。一方蒸気は行き場を失い、気水分離器内の圧力は上昇しだした。ボイド反応度係数が正であるからボイドの増加が圧力の上昇に拍車をかけた。

(9) これを見て一時二三分四〇秒、直長は運転員に炉の緊急停止を命じ、緊急停止用ボタンAZ-五が押されたが、出力上昇を押さえることはできず、出力はさらに上昇した。一時三三分四四秒に出力は一〇〇倍となった。一時二四分頃二回の爆発が発生し、全ての圧力管及び原子炉上部の構造物が破壊され、又、炉心の高温物質が吹き上げられ、三〇ヶ所を超える箇所から火災が発生した。

(三) 事故の原因

ソ連報告によれば、以下に述べる運転員の規則違反(時系列の順序)が今回の事故の第一義的な事故原因であったとしている。

(1) 試験を遂行中にECCSの誤動作を避けるため、ECCSを切り離したこと。これによって事故の規模を小さくする可能性を失わせた(一般的には極めて重大な違反であるが、今回の事故の場合、たとえこれらの違反がなくても事故の発生と進展に影響はなかったものと考えられる)。

(2) 局所出力自動制御系(LAC)から平均出力自動制御系(AC)に切り替える時オペレーターのミスで試験計画で指定されている出力よりさらに低い出力にまで低下させ、炉を不安定な状態に置いたこと。

(3) 試験プログラムを実施するため、想定で定められている流量を超えて待機中の循環ポンプが投入された(低出力状態で八台の主循環ポンプをするため、過剰な冷却水を送り込んだ)ことにより、冷却水の温度が飽和温度近くなり、炉を極めて不安定な状態にしたこと。

(4) 炉が不安定な状態でも試験を遂行しようとしたあまり、気水分離器内の水位レベルと蒸気圧に関する保護信号をバイパスさせ、熱パラメータによる炉の停止機能を失わせたこと。

(5) キセノンの毒作用をのりこえて出力を上昇させるため、制御棒を次々に引き抜き、「反応度操作余裕」を著しく少ない状態に陥らせ、炉の緊急停止機能を低下させたこと。

(6) 試験を繰り返す必要があるかもしれないと考えたため、二基のタービン発電機の停止信号に基づいた炉の保護信号をバイパスさせ、炉の自動停止の可能性を失わせたこと。

ソ連の発言によれば以上述べた運転員の規則違反の背景として、運転員らの炉の安全性に対する認識不足、危険性に対する感覚を失っていたこと(油断)、試験が成功しない場合少なくとも一年間試験が延期されることになり、又事故当夜が金曜の夜から土曜にかけてであったこともあり、早く試験を終わらせたい気持ちが強かったことなどが指摘されている。四号炉の設計上の要因としては、低出力の状態で反応度が正になる特性を有していること、制御棒の挿入速度が遅すぎること、「反応度操作余裕」の判断が運転員にまかされていたこと、想定事故の安全解析が十分でないことなどがあげられている。

(四) 事故による被害

チェルノブイル事故によって、高度の火傷により死亡した者が一人、現場で死亡したとみられる他の一人の遺体は発見されていない。事故の後数千人が検査を受け、このうち二〇三人が急性放射性障害と診断され、うち二九人が死亡した。放射能汚染のため自宅を離れて避難した人達は、チェルノブイル周辺で九〇二五一人、ロシア共和国のゴメリ地区で約一八〇〇人、全体で一一万五〇〇〇人から一二万人にのぼった。財産的損害は、あわせて二〇億ルーブル(約四六〇〇億円)にのぼると発表されている。しかし、チェルノブイル事故の特徴は、事故に伴い多量の放射性物質が環境に放出され、ソ連国内及び隣接国のみならず北半球規模で放射性物質が拡散したことにある。放射性核種の炉内存在量・放出量及び放出割合は、乙第八〇号証の表一-B-一-一に記載されているとおりである。外部被曝による被害のみならず、ヨー素一三一による甲状腺の被曝、セシウム一三七による全身被曝、ストロンチュウム九〇による骨髄の被曝などの内部被曝も含め、将来チェルノブイル事故による医学的・生物学的影響は、ヨーロッパ全域において極めて深刻な影響をもたらすことは必至とされる。現在の学問水準やデータの曖昧さに起因して、将来の被害の予測に不確定性は避けられないが、政府の特別調査団の報告によれば、今後七〇年間でソ連で一万人以上、ヨーロッパで四〇〇人の癌患者が出ると予測されており、又これとは別にヨーロッパ全域での癌死亡に関しては、二八万人(ウエブ)、三二万人~四八万人(ゴフマン)、六万人(ワイシュ)とも予測されている。ヨーロッパの農業被害については、我国の輸入食料品に含まれている放射性物質の規制について、目下の論議の的になっていることからも知られるように、その深刻さは年を追うごとに厳しいものになって来ている。

2  チェルノブイル事故の提起した問題点

(一) 重大事故の発生確率

TMI事故・チェルノブイル事故は、原発設計者の予想できない原因と経路によって、しかもそれまで理論的には起こりえても実際には起こりえないと考えられていた重大事故が現実に発生することを証明した。設計者の予想できない原因と経路によって事故が発生する限り、事故は万国共通である。重大事故に共通する因子として「事故の複合」「人為ミス」「マン・マシーンインターフェイスの不整合」「原発の安全性に対する過信」が指摘されているが、日本の原発のみがこれら事故因子から免れる保障はない。TMI事故及びチェルノブイル事故によって、軽水炉においても炉心溶融に至る事故が起こり得ること、また大事故が発生した場合、それが多数の人命の喪失を含む大災害に発展し得ることが事実をもって証明された。

その結果、後に述べるように、TMI事故を契機としてどのような頻度で事故が発生するかを知ろうとして、確率論的解析に大きな関心がもたれるようになり、またクラス九の事故を含むいわゆるシビアアクシデント(苛酷事故)の研究もさかんに行われるようになっている。

従来の確率論的安全解析は非現実的であり、実際の経験にもとづいて、事故確率を議論すべきであるという主張もなされるようになった。イスラムらの論文によると、これまでの実績をもとにするならば五・四年に一回大事故の発生する確率は七〇パーセント、二〇年に一回発生する確率は九五パーセントにのぼるといわれる。原子炉の基数が変わらず、また技術的に大きな改良が加えられないかぎり、二〇年後にはほぼ確実に、TMI、チェルノブイル級の原発事故が起こるであろうことを予言している。TMI、チェルノブイルなどの大事故例を見るならば、事故が故障やミスなどが次々と連続して起こることにより発生し、「単一故障指針」なるものは、事実をもって否定されており、このような原理に立った安全審査は、安全を保障する役に立ちえないことは明らかである。災害の評価についてもチェルノブイル事故は、ラスムッセン報告などに見られる結論がいかに災害を過小評価したものであったかを明らかにした。

(二) 多重防護の不完全性

多重防護は、設計基礎事故(DBE)と単一故障指針に基づいて設計されており、所詮、設計者の頭で考えたモデルの域を出るものでないところ、TMI事故とチェルノブイル事故は、多重防護の第一段階から第三段階まで一気に突破する重大事故に発展し、多重防護の不完全性をさらけ出す結果となった。二つの事故を通じて、シビアアクシデントに発展する可能性のある事故にはいくつもの類型があることが広く知られるようになった。とりわけ、人為ミスや機能の複合故障が重なった場合、重大事故の発展のプロセスは無数のバリエーションをもつことも知られるようになった。そうした現実の重大事故に多重防護は、はたして有効に対応できるかどうか、TMI事故以後に本格的研究が始まったといってよい。原研が中心となって行っている、(イ)燃料の挙動、FPの放出・移行・除去等の物理化学的機構、格納容器の健全性等に関する実験研究、(ロ)実験の結果を解析し、シビアアクシデントの現象を正確に把握するとともに、ソースタームを評価するための計算コードの開発、(ハ)確率論的安全評価手法の開発、がそれである。

TMI事故以後実験・研究が進み指針が整備された結果、既存の原発についても改良が加えられ、多重防護が万全になったであろうか。決してそうではない。例えば、昭和六三年二月一日の中部電力の浜岡原発一号炉の再循環ポンプ二台が同時に停止した。原子炉保護系の電磁接触器の焼損が原因であった。二台の再循環ポンプが同時に停止することはありえないこととされていたが、それが現実に発生した。しかも再循環ポンプ二台が同時に停止したときは、自動的にスクラム(緊急停止)がかかることになっていたが、スクラムはかからなかった。制御棒が挿入され、停止作業に入るまでの約六時間、定格五四万キロワットの四〇パーセントに出力を落としたまま原子炉は一切の制御を受けず運転を継続したのである。再循環ポンプは沸騰水型炉において炉内の冷却水を上下方向にかきまわすのとともに、炉心内の気泡と水の密度を調整する重要な役割を担っている。それが停止し、しかもスクラムがかからない状態で約六時間、原子炉が運転を継続したことは多重防護が万全でないことを証明している。安全審査指針は、安全保護系は独立した二系統から構成されなければならないと規定しており、これがまさに多重防護の考え方にほかならない。そして再循環ポンプが二台とも停止した原因は無停電母線が二系統とも電源ロスになったことによるのだとするならば、これによって原子炉がスクラムしなかったことも重ねて重大なことである。

(三) 軽水炉における反応度事故の可能性

軽水炉では反応度事故がまったく起りえないということはない。例えば、昭和五九年一月一九日に「発電用軽水型原子炉施設の反応度投入事象に関する評価指針」が策定された。これは、原研NSRRにおける反応度事故実験によって得られた知見により、反応度事故の評価基準をより詳細に定めたもので、発電用軽水型原子炉の臨界又は臨界に近い状態にある炉心に、制御棒の引き抜き等により急激な連鎖反応が生ずることによってもたらされる原子炉出力の上昇とこれによる燃料のエンタルピ増大を評価し、運転時の異常な過渡変化並びに事故時の炉心及び原子炉冷却材圧バウンダリの健全性を確認することを目的としたものである。つまりそれまで軽水炉は負のボイド係数をもっており、出力の異常上昇に対して負の反応度が投入され、固有の事故制御能力を有するので、暴走事故は起こらないと考えられていたところ、原研のNSRR(原子炉安全性研究炉)を使用して行った原子炉動特性実験や原子炉暴走実験などの結果、軽水炉でも暴走事故が起こることが分かって、急拠この指針を策定したのである。このように軽水炉が、いつ、いかなる時でも反応度出力係数が負となり、事故制御性を有しているわけではない。とりわけ、ボイド(気泡)がつぶれ、反応度が増倍する時が危険である。例えば、(イ)再循環系及び給水系ECCSの異常による炉心流量の増加、(ロ)給水加熱器の故障・ECCSの起動による炉心冷却材温度の下降、(ハ)主蒸気弁の閉止・反応の増倍による炉心圧力の上昇等の要因によってボイドがつぶれると、反応度の正のフィードバックが生ずる危険がある。浜岡一号炉の事故の場合、再循環ポンプが二台とも停止し再起動した際、何かの事情で制御棒が挿入されなければ再循環流量が急増し、ボイドがつぶれ反応度が急上昇する危険が確実のものとしてあったのである。しかも、軽水炉の場合、燃料棒が圧力容器内に集中しており、又、水も用意されているので水素爆発・水蒸気爆発が起きる可能性があり、圧力容器の使用は、その際破局的な爆発的破断の可能性を秘めている。静岡大学の小村浩夫は、その危険性を次のように指摘している。

「今回の事故の恐ろしさの本質は次のことにある。再循環ポンプが停止し、出力が四〇パーセントに落ちたまま原子炉は運転されていた。事故前は一〇〇パーセント出力で運転されていたのだから、制御棒はそれにあわせて引き抜かれた位置にある。出力の低下は炉内の気泡が多くなったせいで、制御棒が入ったからではない。この状態で気泡がつぶれるような要因が引き起こされればどういう事態になるだろうか。核反応度がいっきに増加し、反応事故、ひらたくいえば核暴走、爆発にいたる。まさにチェルノブイル事故である。気泡をつぶす要因は炉内の圧力の上昇、炉水の温度の低下であるが、人為ミスを含めてそれを引き起こす可能性はいくつかある。例えば、いったん落ちた電源が回復して再循環ポンプが再起動した場合、そのまま再循環系の冷水を炉心に注入すれば、気泡は一瞬にして消滅、出力は急上昇する。数秒内に制御棒が挿入されなければ、チェルノブイル事故がおそらく再現されることになろう。」と。

(四) 本件安全審査における事故想定上の欠陥

本件安全審査においては、災害評価方法として重大事故と仮想事故を想定した。重大事故としては、原子炉格納容器内に放射性物質が放出される事故としての冷却材喪失事故と、直接原子炉格納容器外に放射性物質が放出される事故としての主蒸気管配管破断事故との二種類が想定された。又、仮想事故の場合も重大事故の場合と同様に、冷却材喪失事故と主蒸気管配管破断事故を想定した。しかし、これらは実際の事故がどのように発生し、それがいかなる経路で拡大し、それに対し頼みの綱である多重防護が現実に期待したとおりの働きをするかどうかという観点から想定されたものではない。公衆に放射線被害を及ぼすような原子炉事故が実際に起りうるとの前提で多重防護の機能の見直しがなされてきたのは、TMI事故の後である。そして、チェルノブイル事故によってその重要性が再認識させられた。

とりわけ「事故の複合」「人為のミス」「マン・マシーンインターフェイスの不整合」による事故の発生拡大は、TMI事故によって初めて気付かされたことであって、安全審査の時点ではほとんど関心を払われていなかったのである。チェルノブイル事故との直接的な関連でいえば、前記の「発電用軽水型原子炉施設の反応度投入事象に関する評価指針」が昭和五九年一月一九日に策定されたことからも知られるように、反応度事故において多重防護が有効に機能するかどうかは、それまで安全審査の対象になっていなかったのである。

以上述べたことからも明らかなように、実際の事故を想定して原発の安全確保対策が機能するかどうかを研究し出したのはTMI事故後のことであり、本件原子炉の安全審査の時点では安全確保対策の要である多重防護が反応度事故を含め、実際の事故に対し有効に機能するかどうかにつき、審査の対象とされていなかったのである。この点において、本件安全審査には重大な欠陥がある。

第三  被控訴人の主張

一  控訴人らの原告適格と司法審査のあり方について

1  原判決の立脚する法律見解について

本件原子炉施設の周辺住民である控訴人らは、本件許可処分の取消を求める法律上の利益(原告適格)を有しないにもかかわらず、原判決が控訴人らの原告適格を肯定して本案の請求を棄却したことは不当であり、控訴審において原判決を取消したうえ、控訴人らの訴を却下するのが相当である。

原判決は、基本的には判例通説の採用する法的利益救済説(法律上保護された利益救済説)に立脚することを説示しながらも、具体的適用にあたっては法的利益救済説の枠組みを逸脱している。

(一) 当該利益の重大性等について

原判決は、「原子炉等規制法二四条一項が原告らの個人的利益等を保護している規定と解されるか否かについて検討するに、同法一条によれば、同法律の目的は、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の利用による災害を防止して公共の安全を図るために必要な規制を行う」というものであり、同法二四条一項四号の規定も、「原子炉等による災害(ここにいう「災害」は多数人の生命、身体等に損害を及ぼすことをいうものと解される。)の防止を目的としているから、同号が公共の利益を保護目的としていることは明らかであるが、このことのみから同号が公共の利益(公益)のみを目的としていると解すべきではない。すなわち、原子炉等の施設は、その安全が確保されない場合、周辺住民の生命、身体等に重大な危険を及ぼす虞れがあり、現に、原告らは、本件原子炉施設周辺の住民として、本件許可処分により、自己又はその子孫の生命、身体等かけがえのない貴重な利益に著しい被害を蒙る虞れが大きいと主張しているのであり、かつ原子炉等の災害により公共の安全が害される危険が発生すると同時に多くの場合、右個人的利益の侵害される虞れが生じると考えられる(これは本件記録上明らかである。)ことから、原子炉施設周辺住民の右利益を抜きにして公益の保護を図ることはできないというべきであるから、右住民の個人的利益は、公益の中に完全に包摂解消せしめ得ないものとして右公益と合わせて原子炉等規制法二四条一項四号の保護法益とされているものと解するのが相当である。」と判示し、要するに、(イ)原子炉等規制法二四条一項の要件が充足されない場合には原子炉施設の周辺住民の生命、身体等というかけがえのない貴重な利益に危害が及ぶ虞れがあること、すなわち、重大な利益侵害の蓋然性、(ロ)同条同項の保護している「公益」というものは原子炉施設の周辺住民の個人的利益を抜きにしては考えられないこと、の二点を挙げるのであるが、それらはいずれも近時の多数の判例の採用する法的利益救済説の立場においては、同条同項が原子炉施設の周辺住民の個人的利益をも個別的、具体的に保護していると解する根拠となるものではない。以下、これに反論する。

[重大な利益侵害の蓋然性について]

控訴人らが被害を受けると主張している生命、身体という利益の重大性を根拠に原子炉施設の周辺住民の原告適格を肯定するのは現在の判例が採用する法的利益救済説の意味内容を理解していないか、あるいは法的利益救済説といわゆる利益救済説(法の保護に値する利益救済説)とを混同するものであって、失当といわなければならない。法的利益救済説は、当該処分の根拠法規が行政権の行使に対して制約を課している趣旨、すなわち当該実体法規の法解釈によって原告適格の有無を判定するものであるのに対し、利益救済説は行政実体法規の解釈を離れて当該利益そのものが直接的かつ重大なものであるか否かという観点から原告適格の有無を判定するものであるところ、原判決のように、控訴人らの主張する利益が控訴人らの生命、身体等という重大な利益であること自体を根拠に控訴人らの原告適格を肯定するのは、抽象論において法的利益救済説に立つ判示をしても、その実体は利益救済説の立場そのものにほかならないのであって、右のような判断手法は法的利益救済説とは異質なものである。

なお、当該利益それ自体の重大性と法的利益救済説との関係についてふえんするに、いわゆる長沼ナイキ基地事件についての最高裁判所昭和五七年九月九日第一小法廷判決(民集三六巻九号一六七九ページ。以下「長沼ナイキ基地事件最高裁判決」という。)は、法的利益救済説の立場に立って、「一般に法律が対立する利益の調整として一方の利益のために他方の利益に制約を課する場合において、それが個々の利益主体間の利害の調整を図るというよりもむしろ、一方の利益が現在及び将来における不特定多数者の顕在的又は潜在的な利益の全体を包含するものであることに鑑み、これを個別的利益を超えた抽象的・一般的な公益としてとらえ、かかる公益保護の見地からこれと対立する他方の利益に制限を課したものとみられるときには、通常、当該公益に包含される不特定多数者の個々人に帰属する具体的利益は、直接的には右法律の保護する個別的利益としての地位を有せず、いわば右の一般的公益の保護を通じて附随的、反射的に保護される利益たる地位を有するにすぎないとされているものと解されるから、そうである限りは、かかる公益保護のための私権制限に関する措置についての行政庁の処分が法律の規定に違反し、法の保護する公益を違法に侵害するものであっても、そこに包含される不特定多数者の個別的利益の侵害は単なる法の反射的利益の侵害にとどまり、かかる侵害を受けたにすぎない者は、右処分の取消しを求めるについて行政事件訴訟法九条に定める法律上の利益を有する者には該当しないものと解すべきである。」と述べている。右のような法的利益救済説の見地において、ある法律が右に述べられた意味での公益の保護を目的として行政権の行使に制約を課している場合に、そのことは当該法律が右「公益」の内容をなす利益自体を軽微なものとみているとか、無視しているということを意味するものでは全くないことに留意しなければならない。

すなわち、行訴法九条の「法律上の利益」の限界いかんの問題は主観訴訟としての取消訴訟と客観訴訟としての民衆訴訟との区別の問題であるところ、右の「公益」が「現在及び将来における不特定多数者の顕在的又は潜在的な利益を包含するもの」であることから、それについての紛争は不特定多数の国民の利害にかかわる政治的、政策的な問題であり、このような問題は、国民の意思を立法府、行政府に反映させるべき種々の手段によって解決されるべきものであって、個々人の具体的な権利義務あるいはそれに準ずる法律上の利益に関する個別的な紛争を解決する手段としての主観訴訟によって解決すべきものではないということを意味するのである。右の区別は、当該実体法が保護目的としている利益の性格及びそれに関する利害調整手段の差異によるものであって、当該利益の重大性、軽微性の区別ではないのである。

[周辺住民の個人的利益を抜きにしては公益も考えられないとの点について]

この点については、次の指摘がなされている。すなわち、行政実体法規が一般公益の保障を目的とする場合、その「公益の保障の背後には、常に、これを享受する国民、住民、一定資格を有する者各人という個人の利益に還元して考えることも論理的には不可能ではない。この意味では公益も個人と離れて存在するものではない。」(越山安久・最高裁判所判例解説民事編昭和五三年度八五ページ)。しかしながら、「もし、公益保障に由来する利益を個人段階に還元して、これをもって法律上保護された利益とみるべきものとすれば、あらゆる行政法規における公益保障規定も個人的利益を保障したものと解することができることとなり、ひいては、国民は、どのような行政庁の処分に対しても法律上保護された利益を侵害されたものとして争訟を提起することが許されることとなり、事実上、常に民衆争訟を認めるべきこととなってしまうであろう。」(同判例解説八六ページ)。右判例解説の対象となったジュース表示事件最高裁判決は、事業者団体の設定した公正競争規約に対し公正取引委員会が不当景品類及び不当表示防止法(以下「景表法」という。)一〇条一項に基づいてした認定について一般消費者に不服申立てをする法律上の利益があるか否かが争われた事件において、「景表法の規定により一般消費者が受ける利益は、公正取引委員会による同法の適正な運用によって実現されるべき公益の保護を通じ国民一般が共通してもつにいたる抽象的、平均的、一般的な利益、換言すれば、同法の規定の目的である公益の保護の結果として生ずる反射的な利益ないし事実上の利益であって、本来私人等権利主体の個人的な利益を保護することを目的とする法規により保障される法律上保護された利益とはいえないものである。」(民集三二巻二号二一六ページ)と判示している。

(二) 原子炉等規制法の付属法規及び指針について

原判決は、「このこと(原子炉施設の周辺住民の個人的利益が公益と併せて原子炉等規制法二四条一項四号の保護法益とされているものと解するのが相当であること-引用者注)は、同法の付属法規である原子炉規則一条七号、一条の二第二項六、七号、一〇号、告示二条、九条及び同法二四条一項四号の解釈について、事実上重要な意義を有する安全設計審査指針、立地審査指針、気象手引はいずれも原子炉施設周辺における放射線被曝を軽減し、右施設周辺住民が原子炉事故による災害を受けることを防止することを重要な目的としていると解されることからも根拠づけられる。」と判示するが、失当である。原子炉等規制法は、同法二四条一項が原子炉施設許可処分の処分要件を規定しており、右処分要件を加重したり、あるいは具体化することを下位の付属法規に委任していないから、原子炉設置許可処分の法律要件は右二四条一項に尽きているのであって、原判決が採用する付属法規は原子炉設置許可処分の法律要件を定めたものではないし、また安全設計審査指針、立地審査指針、気象手引等の指針は原子炉設置許可処分に際しての諮問期間である原子力委員会において安全審査を行うに際しての裁量権の行使として審査の内部的な指針を定めた内規にすぎず、例えば安全設計審査指針に「本指針が内容とする全条は、軽水動力炉の安全審査上重要な事項について集約したものであり、本指針を満足すれば安全審査はこれをもってすべて足りるというものではない。また、申請がこれによらない場合があったとしても、理由が正当化されれば不可とされるものでもない。」と定められているように、指針とういものは安全審査の要件を網羅的かつ厳格に定めたものではないし、また知見の進歩によって改訂されることを予定したものである。

(三) 公害対策基本法について

原判決は、原子炉等規制法は基本法の精神にのっとって制定され、また「右両法は公害対策基本法八条を受けて制定されたものであり、したがって、以上の各法規の制定の経緯を総合すれば、原子炉等規制法二四条一項四号の目的とするところは公害対策基本法の目的とするところと同一であると解されるところ、同法は、いわば抽象的、一般的公益とも解される生活環境の保全という目的のほかに国民の健康保護をも目的としているところからみて、右にいう「国民の健康」とは、それを侵害されることにより具体的に健康を害される個々の国民たる個人の健康、すなわち、抽象的、一般的な国民の健康という概念の中に包摂解消されてしまうことのない個々具体的な国民個々人の健康と解するのが合理的であり、したがって、同法上保護の対象とされているのは、公益のみならず具体的な個々人の権利、利益にも及んでいると解されるから、原子炉等規制法二四条一項四号も、公害対策基本法と同様一般的な公益のみならず個々住民の個人的利益すなわち原子炉施設周辺の住民の生命、身体等をも保護目的としているとみるのが合理的だからである。」と判示している。

しかしながら、原子力基本法は昭和三〇年に、原子炉等規制法は昭和三二年にそれぞれ制定されたもので、右両法規が昭和四二年に制定された公害対策基本法の規定を受けて制定されたということはありえないから、右判示は前提において既に誤っている。そればかりでなく、公害対策基本法一条は「国民の健康を保護する」ことを同法の目的とすると規定しているが、これが抽象的な国民一般の健康の保護を目的とする趣旨であることは、同法の基本法という性質や「国民」との文言自体から明らかなことはいうまでもないところであり、同法又は同法一条の存在をもって同法が一般的公益の中に包摂解消されてしまうことのない具体的な国民個々人の健康を保護法益としているとはいえないのである。したがって、原判決の右判示は失当というべきである。

(四)周辺住民が救済を受けられないという不都合について

原判決は、「もし、原子炉施設周辺住民に原子炉設置許可処分の取消しを求める原告適格を認めないとすれば、右の住民は原子炉の運転によって被害が生じた場合人格権等を根拠として電力会社を相手どり民事訴訟による操業の差止め等を求めることができる場合もあり得ようが、原子炉の災害等による健康被害が生じる虞れというものは、住民が事前にこれを予知することは殆ど不可能であり、実際上事故が起こって現実に健康被害が生じた後でなければ救済を受けられないという不都合が生じかねないのである。」と判示している。

しかしながら、右判示の趣旨は、原子炉施設の個別的、細目的な瑕疵や運転管理の具体的、実際的な不備は周辺住民が知り得ないことの見返りとして周辺住民に原子炉設置許可処分取消訴訟の原告適格を肯定するというのであれば、実質論(法律論としてはもとより失当であるが)としてもその必要性、妥当性は疑わしい。

(五) 周辺住民の範囲について

原判決は、「原子炉の平常運転時においても一定の量を超える放射性物質の放出が続ければ(これがあり得るかは本案の問題)、原告らのうち原子炉施設周辺に居住する者が放射線による被曝の結果、健康を害する虞れのあること及び原子炉の炉心溶融や格納容器の破壊等の災害が発生し、大量の放射線の放排出があれば(これがあり得るかは本案の問題)、原告らの多くの者が放射線被曝により死亡もしくは発病する虞れのあることは、いずれも本件記録上明らかであり、このように当該周辺住民の多くの者に原告適格が認められるような場合には、経験則上等から一見明白に原子炉等による災害による被害を受けないと認められる者を除いては、当該周辺住民個人個人について逐一原子炉からの距離や災害等の態様等とを考慮するなどして原告適格の有無を判定することなく、全体について原告適格を認めるのが相当であると解されるところ、本件原告らについては、本件原子炉から最も遠い者でも六十数キロメートルの距離内に居住しているのであって、右にいう経験則上等から一見明白に被害を受けない者の範囲に含まれるとは認め難いから(中略)、結局、本件については原告ら全員について原告適格を認めるのが相当である。」と判示しているが、この判示も妥当でない。

控訴人らが原告適格を有するとするためには、本件許可処分により控訴人らの法律上の利益が侵害され、又は必然的に侵害されるおそれが存する事実が、具体的に主張され、かつ証拠によって証明されねばならないところ、本件において、控訴人らは、本件許可処分によりその生命、身体等を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれが存する旨主張するけれども、その主張は具体性を有するとはいい難いうえ、証拠によって証明されていない。

しかるに、原判決は、前記のように判示して、原審原告らのうち原子炉施設から最も遠い者では六十数キロメートルも離れた位置に居住している者も含めて全員について、その法律上の利益が侵害され、又は必然的に侵害されるおそれが存する事実の具体的な認定をすることなしに原告適格を肯定したものであって失当である。

原判決のように原告適格を有する周辺住民の範囲を無限定に拡大していくならば、原子炉設置許可処分取消訴訟は限りなく民衆訴訟に接近していくことになり、その妥当でないことは明らかである。仮に、周辺住民の範囲を画する基準を原子炉等規制法の関係規定の中に見出し難いとすれば、そのことは、とりも直さず、原子炉等規制法は周辺住民を個別的、具体的に保護する趣旨の規定を置いていないこと、すなわち、原子炉施設の周辺住民に原子炉設置許可処分取消訴訟の原告適格を肯定することができないことを示しているのである。

(六) 本件許可処分の法的効果と利益侵害について

原判決は、「原判決設置許可処分のみによって直ちに原子炉設置許可申請者に対し原告ら主張のような利益侵害発生の原因となるべき当該原子炉の運転できる地位が与えられるものではなく、したがって、本件許可処分自体によって直ちに原告ら主張のような利益侵害行為が行われるものでない」としたうえで、「しかしながら、そもそも原子炉設置許可申請をする者で当該原子炉の運転を目的としない者はあり得ず、本件許可処分後右の運転に至るまでの後続処分等の手続は、本件許可処分によって必然的なものとして予想されるものであり、また、原告らの主張するところは、あくまで本件許可処分の安全審査自体に瑕疵があることによって主張のような災害が生じ利益を侵害されるというものであるから、たとえ原告ら主張の利益侵害が原子炉の運転という事実行為によって直接発生するものであるとしても、原告らは主張のような利益を侵害されるということを理由として本件許可処分の取消しを求める適格があるというべきである。(中略)原子炉の設置から運転までの間には、本件許可処分以外に各段階に応じた各処分等が予定されており、その都度それぞれの段階に応じた安全審査が行われるものであるところ、もし、本件許可処分自体によって直ちに原子炉の運転をなし得る法律上の効果が付与されるものではないからとして原子炉施設周辺の住民が右処分に存する瑕疵を争うことができないとすれば、右住民がたとえ、直接原子炉の運転をなし得る法律上の効果を付与する処分について処分取消しを求めうるものとしても、(中略)段階的安全審査体制がとられていることからして、後続の処分の取消しを求める際に前段階の処分の瑕疵を主張することができるかについては疑問なしとせず、したがって、一連の処分のうち最も重要かつ基本的な安全審査のなされるべき原子炉設置許可処分に存する安全審査上の瑕疵についての主張をすることが不可能となることもあり得るのであるから、この点からしても、原告ら主張の利益侵害は本件許可処分の法律上の効果としてとらえることができると解するのが相当である。」と判示しているが、右判示も相当でない。

既に被控訴人が原審において指摘したとおり、原子炉設置許可処分に際しての安全審査においては原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る事項のみが対象となるにすぎないから、右のような基本的な事項のみによって周辺住民らの利益侵害の蓋然性を論じても議論は抽象的、漠然としたものとならざるを得ず、実益のある議論にはなり難いのであって、そのことは控訴人らの主張する利益が本件許可処分によって必然的に侵害されるおそれがあるとはいえないことを示しているのである。なお、周辺住民に原子炉設置に関する行政処分取消訴訟の原告適格がないとする以上、周辺住民らが民事訴訟を提起することが原子炉設置許可処分の法律上の効果と抵触することを理由に許されないとされることはない。

(七) 原子炉設置許可処分取消訴訟と民事訴訟との関係について

被控訴人は、原審において、取消訴訟という行政処分の公定力排除のための特別の訴訟手続によるべき法律上の利益を有する者は、当該処分の公定力により右の法律上の効果を受忍すべきことを命ぜられる者に限られるべきものであるところ、控訴人らは、本件許可処分により、その主張の利益侵害(仮に、発生することがあり得るとしても)を受忍すべき義務を課せられる者ではなく、その他、何ら本件許可処分の法律上の効果を受けて本件許可処分の公定力によりその法律上の効果の受忍を命ぜられる者ではないのであるから、右にいう公定力を排除すべき法律上の利益を有する者ではないし、仮に、本件許可処分につき原告らに原告適格を肯定すれば、許可処分の公定力によって、右処分の法律上の効果と抵触する内容の民事訴訟の提起は許されないこととなるから、国民の権利、利益の救済の方途の拡大に資することにはならない旨主張した。

原判決は、右主張に答えて、「取消訴訟を提起する法律上の利益を有する者は、当該処分の公定力により右の法律上の効果を受忍すべきことを命ぜられるものに限られるべきであることは、被告主張のとおりであるが、原告らに本件許可処分について取消しの訴えを提起する適格を肯認しても、原子炉等規制法は、原子炉施設周辺住民の行政手続参加や権利収用に伴う損失補償等の規定を欠いているから、右住民に右処分による法律上の効果を受忍すべき義務があるとしても、原子炉の操業によって住民の生命、身体等に危険が生ずる場合にまで右受忍義務を課しているとは解せられず、原子炉設置許可処分の周辺住民に対する公定力を認めるとしても、それは当該許可処分が有効であって、許可制度という手段を通しての法益保護は一応受けているという限度のものというべきである。したがって、原子炉設置許可処分の際の安全審査に瑕疵があり、右処分が違法である(したがって、右の保護を受けられない)と主張して右処分の取消しの訴えを提起する場合には、右処分の法律上の効果と抵触する内容の民事訴訟(処分の取消事由を主張しての設置工事の差止め等の民事訴訟)を提起することはできないが、原子炉の操業により生命、身体等に危険が生ずるということを主張する場合は、右処分の法律上の効果と抵触しない範囲での民事訴訟(人格権や財産権に基づく原子炉設置工事や操業の差止め等の民事訴訟)を提起できると解されるから、被告の右主張は必ずしも当を得ていない。」と判示しているが、右判示も失当である。

原判決が、提起できなくなるとする「処分の取消事由を主張しての設置工事の差止め等の民事訴訟」とは、民事訴訟の請求原因として実体私法上の請求権の発生原因事実を何ら主張することなく、単に原子炉設置許可処分にこれこれの取消事由があるから原子炉設置工事の差止めを求めるとの民事訴訟を意味するとすれば、そのような民事訴訟が不適法であることは自明であって、それ自体として当然に不適法であるにすぎず、原子炉設置許可処分の公定力に起因して不適法となった(あるいは周辺住民が原子炉設置許可処分取消訴訟を提起することを肯定することの反面として民事訴訟が制限された)わけではないのである。

原判決の判示が右のようなことを意味するとすれば、結局、周辺住民は民事訴訟を提起するについて何らの制約を受けないということに帰着する。しかして、周辺住民らが右のように民事訴訟を提起できるとすれば、周辺住民らの権利・利益の救済手段としてはそれで十分であるとともに、現行法が同一事項について行政訴訟と民事訴訟とのいずれも提起できるということを否定していることは明らかであるから、周辺住民に原子炉設置許可処分取消訴訟の原告適格を肯定する理由はないといわなければならない。

2  原子炉等規制法における分野別規制に関する控訴人らの主張について

原子炉等規制法は原子力の利用に関してこれを各種分野に区分し、それぞれの分野の特質に応じて、それぞれの分野ごとに一連の所要の安全規制を行うという構造となっており、原子炉設置許可については同法第四章の原子炉の設置、運転等に関する規制の中に規定されていることから、原子炉の設置許可に際しての安全審査の対象が原子炉施設自体の安全性に直接関係する事項に限られることは明らかである。

3  原子炉等規制法等における段階的規制に関する控訴人らの主張について

原子炉等規制法等による発電用原子炉施設の安全確保に関する法規制の体系からすれば、安全審査における審査の対象が原子炉施設自体の基本設計ないし基本的設計方針に限られることは明らかであり、また、一連の段階的規制手続により、原子炉の設置許可に際しての安全審査を土台として、それぞれの段階において、かつその全過程を通じて、所要の安全確保が図られているのであるから、控訴人らの主張は失当である。基本設計ないし基本的設計方針は、工学の分野において一般的に認められた概念であり、本件安全審査においても一致した概念としてとらえられているのであるから、この点についての控訴人らの主張が失当であることはいうまでもない。

なお、控訴人らが例示する制御棒駆動機構については、本件原子炉施設の設置許可に際しての安全審査の段階、すなわち、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性を審査する段階において、以下のとおり審査される。

すなわち、制御棒駆動機構は、平常運転時には、原子炉出力制御設備の一環としての機能を、緊急時には、原子炉緊急停止装置の一環としての機能を有するところ、本件安全審査においては、まず、原子炉出力制御設備として、燃料の核分裂反応を確実にかつ安定的に制御することができること等が確認されるとともに、また、原子炉緊急停止装置として、原子炉冷却系統設備等に何らかの異常が発生し、原子炉圧力容器内の圧力の上昇や水位の低下等が起こった場合、原子炉を緊急に停止させるために、全制御棒を自動的にかつ瞬間的に挿入すること等及び、その信頼性については、原子炉緊急停止装置用の電源が何らかの原因で喪失した場合においても自動的に制御棒が炉心内に挿入され、原子炉を停止させる能力を有するように設計されるとともに、原子炉緊急停止装置を作動させる回路は多重性と独立性とを有するように設計されること、さらに、全制御棒のうちの最大反応度価値を有する制御棒が完全に引き抜かれている状態を仮定した場合においても、その他の制御棒を挿入することによって原子炉を停止する能力を有するように設計されること等を確認しているのであって、控訴人らが主張するように、右駆動機構がただ単にあるかないかを審査しているわけではない。

次に控訴人らが例示する敦賀発電所一号炉における液体状の放射性廃棄物の漏洩という事象に関連する事項としては、原子炉設置許可に際しての安全審査の段階、すなわち、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性の審査の段階において、(イ)冷却水中に現れる放射性物質の量を抑制できることとなっているかどうか、(ロ)液体状の放射性廃棄物を処理するための適切な設備が設けられ、その設備の処理能力は十分なものかどうか、また、その設備は、十分信頼性のあるものとして設計されることとなっているかどうか、(ハ)右設備によって処理された結果、環境へ放出される放射性物質による公衆の被曝線量評価価値が法令により定められた許容被曝線量を下回ることはもちろんのこと、いわゆるALAPの考え方に立って、更に一層低く抑えられているかどうか、(ニ)環境へ放出される放射性物質の放出量等を適切に監視することができるような放射線管理設備が設けられることとなっているかどうか、が審査される。

4  基本法及び原子炉等規制法の違憲性に関する控訴人らの主張について

原子炉等規制法二四条一項四号について、控訴人らは白地規定に等しいというのであるが、このような規定の存することは、とりもなおさず本件許可処分が裁量処分であることを示している。そして、審査基準としての各種の指針等は、法律的には内規としての性質を有するものであるが、これは、許可要件適合性についての審査、判断が内閣総理大臣の専門技術的裁量に委ねられ、審査基準の具体的内容の確定についても右裁量に委ねられているものであるところ、安全審査に際し可能な限りにおいて判断の客観性及びその確実性を持たせるために明文化しておくとの趣旨から定められたものにすぎず、また、かかる指針等のほか多くの科学的知見が安全審査において活用されることは原子炉等規制法二四条一項四号に係る許可要件適合性を判断するに当たって適切なことであり、したがって、憲法三一条、四一条、七三条一号違反の問題の生ずる余地はない。

基本法はエネルギーの安定した供給を確保することによって人類社会の福祉と国民生活の水準向上に寄与するものであり、原子炉等規制法は原子力の平和利用が計画的に推進されるよう、その前提となる安全性の確保等のために必要な具体的規制を行うのであるから、むしろ、幸福等を追求する国民の権利(憲法一三条)、国民の平等(憲法一四条)、健康で文化的な生活や社会福祉(憲法二五条)、財産権(憲法二九条)等の憲法上の権利は、いずれもこれらの法律を通じて具体化され、広く積極的に実現されるのであり、これらの法律が憲法に違反するものでないことは明らかである。そして、原子炉等規制法は、基本法の精神にのっとり、原子力の利用に関して各分野ごとに、また、各段階ごとにそれぞれ規制を行うことによって安全性を確保する構造となっており、これによって、公共の安全を確保する法体系が採られているのであるから、周辺住民の憲法上の権利が侵害されることはなく、控訴人らの主張は失当である。

二  控訴人らの炉工学的安全性についての主張に対する反論

1  軽水炉発電技術の未成熟性及び核燃料の健全性についての各主張に対する反論は、従前の主張以外に付加する点はない。

2  圧力バウンダリの応力腐食割れの危険性についての主張に対する反論

(一) 応力腐食割れは、金属材料の耐食性の低下、金属材料における過度の引張応力の発生及び腐食環境の存在、の三つの条件が一定程度重畳した場合においてはじめて発生する事象であることが既に解明され、右の三つの条件のうちのいずれかの一つでも完全に解消せしめるか、あるいは、三つの条件のそれぞれを一定程度緩和ないし低減することにより、応力腐食割れの発生は防止できるのである。そして、応力腐食割れ防止のための技術もすでに確立されている。したがって、圧力バウンダリにおける応力腐食割れ事象の問題は、具体的な鋼種の選択、具体的な溶接工法の採用、具体的な運転方法の実施の各段階、すなわち、原子炉施設の詳細設計や具体的な工事方法及び具体的な運転管理において対処されれば足りる事柄であって、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項を審査する原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事柄ではないのである。

(二) しかるに、原判決は、理由説示において、SCCはいくつかの条件が重なった場合に発生するものであることを認めた後に、その条件の一つである材料の鋭敏化については、「いかなる性質(例えば、耐食性の高低等)を有する金属を使用するかが当然関連を有することであり、しかして、圧力バウンダリにいかなる性質を有する金属を使用するかということは、圧力バウンダリの健全性の維持と基本的な面で密接かつ重要な関連性を有する事項であって、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項と解され(現に、前記のとおり、圧力バウンダリの健全性の維持をはかるための基本設計ないしは基本的設計方針の一つとして一定の性質を有する金属を使用することが挙げられている。)、したがって、右の事項は本件安全審査における審査対象となり、右の事項と密接かつ重要な関連を有するSCCの事象の問題もまた右審査の対象となると解すべきである。」と判示している。

しかしながら、本件安全審査においては、圧力バウンダリの健全性を確保する観点から、圧力バウンダリの材料に関し、原判決に判示する「圧力バウンダリにいかなる性質を有する金属を使用するか」について、脆性破壊防止を十分考慮した延性の高い材料を使用すること、及び、化学的腐食による損傷防止について必要に応じステンレス鋼を使用すること等が確認された結果、本件原子炉施設の圧力バウンダリは、基本設計ないし基本的設計方針において、その健全性が損なわれることのない余裕のあるものと判断されたのである。すなわち、本件安全審査においては、ステンレス鋼として具体的にどのような機械強度、化学成分のものを用いるかという具体的な鋼種の選択については、詳細設計以降の段階において適切なものを採用すればよいと判断されたものであり、したがって、圧力バウンダリの応力腐食割れの問題は、本件安全審査の対象と解すべきでない。

3  原子炉圧力容器の脆性破壊に関する主張について

控訴人らは、原子炉圧力容器鋼材に係る初期のNDTが、中国電力株式会社島根原子力発電所二号炉(以下「島根二号炉」という。)にあっては少なくとも摂氏マイナス一五度以下であるのに対し、本件原子炉においては摂氏四度である等とし、これらを根拠に、本件原子炉の材料が脆性破壊の点に関して島根二号炉より著しく劣っている旨主張する。

しかしながら、本件原子炉については、原子炉圧力容器の最低使用温度より摂氏三三度の余裕をみた低い温度において右鋼材について落重試験もしくはシャルピー衝撃試験を実施して、「発電用原子力設備に関する構造等の技術基準」(昭和四五年九月三日通商産業省告示第五〇一号)四条二項もしくは五条二項の規定に適合し(同三条三項参照)、右試験温度以下に右鋼材の脆性遷移温度があることが確認された場合、便宜上、右試験温度をNDTと表示することとしたものである。これは、右最低使用温度以上の条件で原子炉圧力容器が使用される限りにおいては、脆性破壊は防止されるとの考え方に基づいて定められたものである。

これに対し、島根二号炉に係るRTNDT(RTNDT関連温度)とは、原子炉圧力容器に使用される鋼材について、まず落重試験によりTNDT(TNDT無延性遷移温度)を求めた上(昭和五五年一〇月三〇日通商産業省告示第五〇一号による全面改正後の右技術基準四条二項一号(乙第七六号証))、右TNDTにより摂氏三三度高い温度以下でシャルピー衝撃試験を実施して、右全面改正後の技術基準四条二項二号、三号の規定に適合することとなった温度をいうものである(同三条三項、四条一項五号参照)。これは、右関連温度と右鋼材の使用状態における温度及び使用状態における応力等が一定の条件を満足する限りにおいて脆性破壊は防止されるとの考え方(右全面改正後の技術基準四条一項五号参照)に基づいて定められたものである。

控訴人らの右主張は、これら両者の差異を看過してなされたものであり、何ら根拠がない。

また、控訴人らは、BWRにおいても原子炉圧力容器がECCS水の注入の際の加圧熱衝撃により破壊する危険性がある旨主張する。しかしながら、つとに反論して来たように、加圧熱衝撃といわれる事象は、原子炉圧力容器鋼材中の不純物である銅やリンの含有量が高かった米国の初期のPWRについてのみ危険性が問題とされるものである。ことにBWRにおいては、例えばECCSによって注水し、原子炉圧力容器内の急激な冷却を行うと、原子炉圧力容器内に存在する蒸気を凝縮させ、圧力が低下するため、原子炉圧力容器内において、低温と高圧が同時に存在する状態は考えられないこと、原子炉圧力容器内壁の高速中性子照射線量がPWRより低いとされていること等の理由により、右事象は、本件原子炉のようなBWRにおいては問題となる事象ではない。

4  中小破断LOCA解析に関する主張について

控訴人らは、本件安全審査におけるECCSの性能評価において、中小破断によるLOCAの解析を全く行っていない旨主張する。

しかしながら、本件安全審査における事故解析においては、本件原子炉施設の圧力バウンダリを構成する小口径の配管の破断から最大口径の配管の破断に至るまでの種々の破断面積の配管の破断を想定して検討を行った結果、最大口径の冷却材再循環系配管の破断を想定した場合に、燃料被覆管の温度上昇及び水-ジルコニウム反応の割合が最大となり、この場合でも放射性物質の環境への異常放出を防止できるものとなっていることが確認されたのであって、したがって、本件原子炉施設においては、いかなる口径の配管破断によるLOCA時においても、放射性物質の環境への異常放出を防止できるものとなっていることが確認されたところであるから、控訴人らの中小破断によるLOCAの解析を全く行っていないという主張は、そもそも誤った前提に基づくものであり失当である。

なお、控訴人らは、日本原子力研究所で行われたROSA-[3]での破断パラメータ実験シリーズの結果の一部を引き合いに出し、本件安全審査におけるLOCA解析は虚構にすぎない旨主張するが、右ROSA-[3]による実験は、BWRでのLOCA時の冷却材の熱水力学的挙動と非常用炉心冷却系の有効性を明らかにするため幅広い条件の下での実験を行ったものであり、その結果、BWRのLOCA時の主要現象を解明するとともに、現在BWRで使用されているECCSには大きな安全裕度があることを示したのである。

5  ヒューマン・ファクターに関する主張について

控訴人らは、ヒューマン・ファクターの問題、特に原子力発電所における具体的な運転管理に係る事項について審査しなかった本件安全審査は違法である旨主張する。

原子炉設置許可に際しての安全審査の対象が原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針であるということは、右安全審査が運転管理上の問題と全く無関係に行われることを意味するものではない。すなわち、原子炉の安全性が適切な設計と適切な運転管理等とによって確保されるものであることは当然のことであるところ、右安全審査においては、基本的には、当該原子炉の運転にはそれを的確に行うに十分な技術的能力を有する者が携わり(申請者に当該原子炉の運転を的確に遂行していく上での十分な要員が確保されるか否かということは右安全審査の対象である(原子炉等規制法二四条一項三号参照)。)、運転員が原子炉における安全確保のための基本的機能を無視するような非常識な運転を行うことはないことを前提として、その基本設計ないし基本的設計方針の妥当性について審査するものである。ただし、運転には右のような能力を有する者が携わるとしても、運転操作に際して時間的余裕がない場合又は運転操作に際して運転員に十分な情報が提供されない虞れがある場合などのように運転操作に際して誤操作の虞れがあり、しかも、その誤操作が原子炉の安全に極めて重要な影響を与える場合には、誤操作防止の観点から問題となる設備の設計自体において運転員の操作を不要とするように自動化されていることが必要とされるのであるが、このような事項については当然右安全審査の対象として対処することとしているのである。

このように、運転管理上の問題について、原子炉設置許可に際しての安全審査においては、その基本設計ないし基本的設計方針に係るもののみが審査の対象となるのであり、その余は、後続の手続において別途規制される等により安全確保が図られるのである。

三  チェルノブイル事故と本件安全審査

1  チェルノブイル事故の概要

(一) チェルノブイル発電所の概要

チェルノブイル発電所は、ソ連ウクライナ共和国の首都キエフの北方約一三〇キロメートルに位置する発電所である。同発電所では、チェルノブイル事故の発生時において、ソ連が独自に開発した、黒鉛を減速材とし、軽水を冷却材とする黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉(定格熱出力三二〇万キロワット、定格電気出力一〇〇万キロワット)が四基運転中であり、今回事故を起こしたのは、そのうち昭和五九年三月に運転を開始した四号炉である。なお、さらに二基の同型式のプラントが建設中であった。

チェルノブイル四号炉の主要な設計上の特徴は、(イ)燃料及び冷却材を収納する縦型の燃料チャンネルを有する炉であり、ジルコニウム被覆管に収納した二酸化ウラン製の燃料棒を円筒状に束ねた燃料集合体を使用しており、(ロ)燃料チャンネル間には減速材としての黒鉛ブロックが存在し、(ハ)タービンに蒸気を直接供給するいわゆる再循環方式の沸騰水型炉であるということである(別図参照)。

これらが、全体として原子炉の特徴を決定しており、ソ連によると、(イ)原子炉圧力容器が不要なため製造が容易なこと、(ロ)複雑で高価な蒸気発生器が不要なこと、(ハ)運転中の燃料交換が可能なこと等が優れた点であるとされているが、問題点としては、この炉は、定格出力の約二〇パーセントを下回る状態では、反応度出力係数が正となるということである。また、炉心の出力分布を安定させるために複雑な制御システムを必要としている。

(二) 事故の経過

チェルノブイル事故は、チェルノブイル四号炉において、発電所外部の電源が喪失してタービンへの蒸気供給が停止した後、タービン発電機の回転慣性エネルギーがどの程度発電所内の電源需要に応じることができるかという実験を実施中の昭和六一年四月二六日午前一時二三分頃発生した。

(1) 実験計画によれば、右実験は、原子炉が熱出力七〇ないし一〇〇万キロワットの状態で実施されることになっていた。同年四月二五日午前一時、運転員は、実験計画に従って、定格熱出力三二〇万キロワットで運転中のチェルノブイル四号炉の出力の低下操作にとりかかった。同日午後一時五分、原子炉出力が定格熱出力の二分の一である一六〇万キロワットとなった状態で二台あるタービンのうち一台のタービンを送電系統から切り離した。実験計画によれば、出力の低下をさらに続けるはずであったが、給電担当からの要請により、その後、約九時間にわたって原子炉の熱出力が一六〇万キロワットの状態で運転が続けられた。

(2) 同日午後一一時一〇分、運転員は、出力降下の操作を再開した。その後、運転員が出力制御系操作手順を誤ったため、原子炉の熱出力を三万キロワット以下に低下させてしまった。

(3) 翌二六日午前一時、運転員は、原子炉の熱出力を二〇万キロワットにまで回復させたが、キセノンの毒作用の進行等の理由により、これ以上の出力上昇は困難であった。原子炉の出力は実験計画で決められていた値を下回っていたが、この出力で運転が継続された。

(4) 同日午前一時三分及び七分、これまで既に作動していた六台の主循環ポンプに加えて、さらに主循環ポンプを一台ずつ起動させた。この主循環ポンプの追加起動により炉心を通過する冷却材流量が増大し、これによって右炉心内の冷却材に占める蒸気泡(ボイド)の体積割合(以下「ボイド率」という。)が減少するとともに、気水分離器内の蒸気圧力が低下し、気水分離器内の水位は非常レベル以下になった。このような状況においては原子炉が自動停止してしまう可能性があるため、運転員は、気水分離器内の蒸気圧と水位に関する安全保護信号の回路を切った。

また、同日午前一時一九分、運転員は、気水分離器の水位の低下を防ぐため、気水分離器への給水を増加させたところ、低温の冷却水が気水分離器を介して原子炉内に流入したため、炉心におけるボイド率が減少し、負の反応度が加えられた。そこで正の反応度を加え、原子炉の出力を維持するため、自動制御棒及び手動制御棒が相次いで引き抜かれ、これによって反応度操作余裕が少なくなった。

気水分離器の水位が上昇してきたため、同日午前一時二二分ころ、運転員は、給水流量を急激に低下させたが、この結果、炉心に流入する水の温度が上昇し、ボイド率が上昇した。

同日午前一時二二分三〇秒、反応度操作余裕が運転規則で定められた原子炉の緊急停止を要する値となるまで少なくなっていることが発見されたのにもかかわらず、運転員は、原子炉の運転を継続させた。

(5) 同日午前一時二三分、原子炉は、熱出力二〇万キロワットの運転状態にあって、原子炉の状態を示す各種データは一応安定した値を示していた。同日午前一時二三分四秒、運転員は、タービン発電機の蒸気停止加減弁を閉じ、実験を開始した。タービンの蒸気停止加減弁が閉じられ、タービンへの蒸気流が絶たれたため、タービンの回転数が低下し始め、それに伴い、タービン発電機を電源としていた給水ポンプ及び主循環ポンプの機能が低下した。そして、気水分離器内の蒸気圧及び循環水の温度が上昇するとともに、冷却材循環流量が低下し、炉心内におけるボイド率が上昇した。この結果、正の反応度が加えられ出力が上昇し始め、反応度出力係数が正のため出力の上昇は加速された。

(6) 同日午前一時二三分四〇秒、運転員は原子炉緊急停止ボタン(AZ-五ボタン)を押したが、原子炉の出力の上昇を抑制することができず、この結果、多量の蒸気発生、燃料過熱、燃料損傷、破損した燃料粒子による急激な冷却材沸騰、燃料チャンネル内の急激な圧力上昇、燃料チャンネルの破壊、そして最終的には、原子炉が損傷するとともに原子炉建屋の一部が破損し、環境に大量の放射性物質が放出された。

(三) チェルノブイル事故により放出された放射性物質による影響

チェルノブイル事故が発生した昭和六一年四月二六日から同年五月六日までの間、同事故により損傷を受けた原子炉から環境へ放出された放射性物質(放射性希ガスを除く。)は、五月六日時点に換算して五〇〇〇万キュリーであり、これは、原子炉に内包されていたものの三ないし四パーセントに相当するものと推定されている。一方放射性希ガスは、ほぼ一〇〇パーセントが炉外に放出され、その放出量は同様に五〇〇万キュリーであると推定されている。

チェルノブイル事故により同年八月二一日現在二〇三名が急性の放射線障害を被り、三一名が死亡した。また、チェルノブイル発電所周辺では住民約一三万五〇〇〇人が退避したとされている。

2  チェルノブイル事故と本件安全審査の関係

チェルノブイル四号炉は、黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉(RBMK-一〇〇〇型炉)という我が国にない炉型の原子炉であるが、ボイド係数が大きな正であることによって、特に低出力領域では反応度出力係数が正であるため原子炉が不安定になるという特性を有しており、この特性がチェルノブイル事故において重要な役割を演じた。

その上、チェルノブイル四号炉の原子炉緊急停止系は、緊急停止時に制御棒を挿入し、十分な速度で負の反応度を投入することにより原子炉を停止させる設計であるが、この反応度投入速度は、チェルノブイル四号炉の緊急停止系の特性上、反応度操作余裕がある値以上ないと保障されないものである。しかも、チェルノブイル四号炉の場合、この反応度操作余裕の確保は、運転規則によってしか担保されておらず、警報、インターロック、自動停止等設備面における対策は何ら採られていなかった。このことは、ソ連においては安全確保の基本原理である多重防護の思想がどのように取り扱われてきたかについて重大な疑問を呈するものである。

また、チェルノブイル事故は、原子炉の通常停止の過程で、発電所外部の電源が喪失してタービンへの蒸気供給が停止した場合、タービン発電機の回転慣性エネルギーがどの程度発電所内の電源需要に応じることができるかという試験を行おうとした際に、運転員が多数の規則違反(ソ連の発表によれば六項目に及ぶ規則違反)を犯したという特殊な状態で発生したものである。

その主な規則違反の状況をみると、試験当時、チェルノブイル四号炉は、運転規則によって、低出力(原子炉熱出力七〇万キロワット以下)での連続運転は厳重に制限されていたにもかかわらず、二〇万キロワットの低出力で運転を継続したために、原子炉が不安定な状態に置かれていた上、運転規則に違反してほとんどの制御棒が引き抜かれていたことから、反応度操作余裕が不足して停止機能も大幅に低下していた。しかも、二基のタービン発電機の停止信号に基づいた原子炉の自動停止のための保護信号もバイパスされていた。

このような状態で試験が強行され、原子炉に擾乱が与えられたため、原子炉の出力が上昇し、その出力上昇を抑制することができず、この事故に至ったものである。

さらに、チェルノブイル事故の直接の原因は運転員の規則違反であるとしても、その背後に、試験手順書の承認手続を含めた試験の実施手続等に係る安全確保のための管理体制に問題があったことが示唆されていると思われる。

以上を総合的に考慮すると、チェルノブイル事故は、いわゆる反応度事故であり、その原因は、設計における多重防護の適用における脆弱性を背景としつつ、運転員の多数かつ重大な規則違反により設計者が予想しなかったような危険な状態に原子炉を導いたことにある。

これを我が国の原子炉設置許可に際しての安全審査の対象である基本設計ないし基本的設計方針との関係でいえば、チェルノブイル事故の原因のうち、チェルノブイル四号炉が低出力下では反応度出力係数が正となる設計、すなわち固有の自己制御性がなくなる設計であること及びこのような炉特性に対応した原子炉緊急停止系の設計が不十分であることが、右の基本設計ないし基本的設計方針と関連するものであり、その余は、専ら具体的な運転管理にかかわるものであって、右の基本設計ないし基本的設計方針とは全く関連のないものである。

3  我が国の軽水炉における反応度事故に対する安全対策について

(一) 我が国の軽水炉においては、原子炉の炉心及びそれに関連する原子炉冷却系は、すべての運転範囲で急速な固有の負の反応度フィードバック特性を有する設計であることが要求されており、これに基づき原子炉出力の過渡期の変化に対してドップラ係数、ボイド係数等の各反応度成分を総合した反応度出力係数が出力の変化を抑制する効果をもつ設計となっており、固有の安全性を有している。

我が国においては、このような原子炉の特性を前提とした上で、反応度が投入される事象の安全評価が行われている。特に、これらの反応度が投入される事象のうち、原子炉が即発臨界以上の状態となり、出力の上昇により燃料温度が断熱的に(熱が他に逃げる間もないほど急激に)上昇し、燃料ペレットや被覆管が熱的あるいは機械的に苛酷な条件となる事象を反応度投入事象として想定し(もっともこのような事象は、その発生を防止するために設計上及び運転管理上の対策が講じられているため、その発生確率は極めて小さいものである。)、このような事象の発生を想定しても安全性が確保できる設計となっている。

これに関連して極めて重要なのが、原子炉停止系による原子炉停止機能であるが、我が国の軽水炉においては、制御棒の位置、炉心の燃焼状態等について原子炉の運転状態を最も厳しい条件とし、その上で更に制御棒一本の挿入に失敗したことを仮定しても、なお原子炉の緊急停止時に必要な負の反応度添加率を確保できる設計となっている。

また、反応度投入事象の評価のための判断基準は、運転時の過渡変化に対しては燃料破損の防止を、事故に対しては炉心の冷却可能形状の保持と原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性が損なわれないことをそれぞれ目標に、適切な裕度を考慮して定められている。

さらに、解析に当たっては、初期条件として、炉心状態を示す冷却材温度、原子炉圧力、出力分布等についても最も厳しい燃料エンタルピを与えるように選定し、制御棒の緊急挿入速度等の解析条件に適切な安全裕度を見込み、それに加えて安全系の単一故障を仮定して評価している。すなわち、安全評価においては、正常な運転操作により到達し得るすべての運転状態を前提としてこれらの事象が発生することを想定し、低出力から高出力に至るまでの幅広い状態を考慮して、その中で最悪の結果をもたらす条件を選定している。

(二) 本件安全審査においては、本件原子炉に異状な反応度が投入され核分裂反応が異常に急上昇する事象に対しては、すべての出力領域で反応度出力係数が負となること、すなわち自己制御性を有していること、また緊急停止系は、原子炉を緊急停止させるときには、各制御棒に一個ずつ設置されたアキュムレータの圧力によって、全制御棒を原子炉内に挿入する設計となっているが、万一その圧力が低下した場合にも、原子炉圧力を利用して制御棒を原子炉内に挿入できる設計となっている。さらに、最大の反応度価値を有する制御棒一本が、完全に引き抜かれて挿入できない状態を仮定しても、その他の制御棒の全挿入によって炉心を未臨界とできる設計となっていることを確認している。

さらに、反応度が投入される事象に対する設計の妥当性を評価確認するため、原子炉の運転状態において原子炉施設寿命期間中に予想される機器の単一故障又は誤動作若しくは運転員の単一誤操作などによって原子炉の通常運転を超えるような外乱が原子炉施設に加えられた状態、及びこれらと類似の頻度で発生し原子炉施設の運転が計画されていない状態に至る事象である「運転時の異常な過渡変化」として、未臨界状態からの制御棒引抜、出力運転中の制御棒引抜等を想定し、また、右「運転時の異常な過渡変化」を超える異常状態であって、発生頻度は小さいが発生した場合は原子炉施設からの放射能の放出の可能性があり原子炉施設の安全性を評価する観点から想定する必要のある事象である「事故」として、制御棒落下事故等を想定し、そのいずれの場合でも安全性が確保されることを確認している。

そこで、運転時の異常な過渡変化のうち、反応度投入の観点から最も苛酷な事象である未臨界状態からの制御棒引抜について、解析条件及びその結果を示すと、次のとおりである。

誤操作により、制御棒が連続的に引き抜かれた場合、原子炉へ正の反応度が加えられ原子炉の出力(中性子束)が急上昇するが、解析では、原子炉出力に最も大きな影響を及ぼす制御棒が引き抜かれるものと仮定する。この場合は、原子炉出力は、まず固有の自己制御性の一つであるドップラ効果によって過大にならないように抑えられ、その後、安全保護装置の働きによる自動的な原子炉の緊急停止によりこの異常は安全に終結する。

(三) なお、控訴人らは、本件原子炉のような沸騰水型原子炉においては、原子炉内の圧力が上昇すると蒸気泡がつぶれて原子炉に正の反応度が投入され、大事故に至る可能性がある、日本原子力研究所において進められているNSRR実験において軽水炉においても暴走事故が起こることが判明したとし、軽水炉がいかなる時でも自己制御性を有しているわけではない旨主張する。

しかしながら、控訴人らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。

すなわち、控訴人らが右主張の論拠とするNSRR実験とは、そもそも瞬間的に非常に大きな出力を発生することのできる特殊な試験研究用原子炉を用いて燃料被覆管が破損する限界等を確認するための実験であり、控訴人らが何をもって右実験で軽水炉でも暴走事故が起こることが判明したとするのか不分明である。

控訴人らの右主張は、軽水炉、特に本件原子炉のようなBWRにおいてはボイド係数が負であるため、ボイド(蒸気泡)が消滅するような過渡変化においては、一時的に出力が上昇することに基づくものと思われる。しかし、右のような事象においても、一時的に出力が上昇した後、出力上昇に伴うドップラ効果及びボイド効果により出力の上昇は抑制され、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性は確保されるのである。

なお、控訴人らが指摘するボイドが消滅するような過渡変化としては、(イ)主蒸気系の弁が急閉し原子炉圧力が上昇する場合、(ロ)原子炉冷却材流量が増加する場合、(ハ)原子炉に冷水が注入される場合が考えられるが、本件安全審査においては過渡現象解析において、右(イ)については「発電機トリップ」、「タービントリップ」、「主蒸気隔離弁の閉鎖」、「圧力制御装置の故障」を、右(ロ)については「再循環流量制御系の誤動作」、「給水制御器故障」を、右(ハ)については「再循環冷水ループの誤起動」、「給水過熱喪失」をそれぞれ解析評価し、いずれの事象が発生した場合においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を確保し得るものと判断された。したがって、ボイドが消滅するような事象が発生した場合にも、その安全性は確保されるのである。

4  以上の次第で、本件原子炉については、本件許可処分に際しての安全審査において、その基本設計ないし基本的設計方針に関し、チェルノブイル事故の要因となった前提条件がそもそも存在しないこと及び厳しい条件を仮定した反応度投入事象を想定しても十分安全性が確保されることを確認しているのである。したがって、チェルノブイル事故の発生は、本件安全審査の合理性に何ら影響を与えるものではないことは明らかである。

理由

一  当裁判所も、控訴人らには本件許可処分の取消し請求訴訟を提起するについて原告適格があり、また本件許可処分は適法であってその取消しを求める控訴人らの請求は理由がないからこれを棄却すべきものである、と判断する。その理由は、次に補正付加する外、原判決の理由と同じであるからこれを引用する。

二  控訴人らの原告適格について

1  原判決三九八枚目(記録四九二丁)裏末行の「えない。」の次に「そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関係規定によって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が当該処分を通して右のような個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置付けられているとみることができるかどうかによって決せられるべきである(最高裁昭和五七年(行ツ)第四六号平成元年二月一七日第二小法廷判決民集四三巻二号五六頁参照)。」を加え、同四〇〇枚目(記録四九四丁)裏七、八行目の「を受けて制定されたものであり、したがって以上の各法規の制定の経緯を総合すれば」を「に照らして同法を一般法とする統一的体系を構成しており」と、同四〇一枚目裏六行目及び同四〇二枚目表七行目の各「六十数」を「五十数」に改め、同四〇六枚目(記録五〇〇丁)表三行目の「原子炉設置」から六行目の「できないが、」までを削除する。

2  原子炉等規制法一条にいう災害を防止することによって図られる「公共の安全」とは法的評価であって、その実質を具体的事実関係に還元して考察するならば、本件許可処分の時期においては、もっぱら原子炉施設の作業員及び周辺住民の生命、身体及び財産に対する放射能汚染からの安全に帰着し且つこれに尽きている、と認められるのである。そのことは、原判決理由説示にいう、周辺住民の右利益を抜きにして公益の保護を図ることはできないとの見方が成り立つことに加えて、本件原子炉のように、基本設計において、反応度投入事象による核分裂の異常急上昇に対して固有の自己制御性を有するものとし、且つ原子炉緊急停止装置による安全対策が十分に施されているために、反応度事故を生ずる可能性を見出せない構造を備えている場合(この点は、被控訴人において主張するところであり、当裁判所も本案に関し認定するものである。)において、なお発生する可能性のある災害とは、冷却水中に出現した放射性物質が冷却系統設備外に取り出されたり漏出したりして、それが排気筒や放水路を経由し(あるいは廃棄物に付着した放射性物質が地下水脈や一般排水路へ流入するなどして)環境に放出されることによって生ずる放射能汚染に限定されると考えられるところ、右経路による放射能汚染のもたらす災害の拡散は距離的因子によって規制される度合が大きく、災害の及ぶ環境の外延はほぼ原子炉施設の周辺地域に限定される、と言ってよいのである。しかも、右周辺住民においては、原子炉施設の設置・運転が許容されることになれば、たとえそれが行政庁の定める許容線量以下の線量であるかもしれないにせよ、平常運転時に恒常的に放射線被曝を受忍することになるうえ、もし設計基礎事故として想定されている重大事故や仮想事故を生ずることにでもなれば、放射線障害を起こす線量の放射線被曝のおそれを否定し切れないのである。また、使用済核燃料及び放射性廃棄物について、再処理ないし最終処分のための方策が立てられないでいる現状のもとでは、これを原子炉施設敷地内で貯蔵していく外なく、これが年々累積するうちに貯蔵施設から漏出する事象を生じないであろうか、とのおそれも無視することができない。もっとも、以上のおそれが現実の危険として評価されるべきものであるかどうかは、本案の問題であるからここでは検討しない。しかして、本件原子炉の基本設計に即して考えるならば、原子炉等規制法一条にいう原子炉の利用による災害の及ぶ範囲は、実質的には施設従業員及び周辺住民に限定されるものと言ってもよく、しかもこれらの人々においては、自己又は子孫の生命、身体等かけがえのない貴重な利益に対して著しい侵害を被るおそれがあること、以上を考え合わせるならば、右災害を防止して図られる公共の安全というものの実体は、右範囲の人々の安全という個人的利益に帰着し、これを昇華して公共の利益との法的評価を付与していると言わざるを得ないし、現に原子力委員会(現在は原子力安全委員会)は、原子力利用による災害が周辺住民に対して及ぼされないための安全確保が図られているか否かに焦点を定めて、原子炉設置許可申請につき安全審査しているものと認められ(乙九号証及び公刊物記載の同種事件裁判例による)、同審査のための運用基準として定められた安全設計審査指針、立地審査指針、気象手引等の規定内容に照らしても、達成すべき直接の課題は周辺住民に対する放射線被曝からの安全確保であることが認められる。

以上実質的観点からしても、原子炉等規制法二四条一項四号は、原子炉施設の周辺住民について災害の防止に関する利益を個別的利益として保護しているもの、と解されるのである。

三  本案について

1  (原判決の補正)

(一)  原判決四二一枚目(記録五一五丁)表七行目の「必ずしも」を削除し、同四六六枚目(記録五六〇丁)裏九行目の「ないものと認めら」を「ないものと判断さ」に改め、同四六七枚目表八行目の「生成物等(」の次に「冷却水中へ出現する可能性が高いものは」を、同四六八枚目表六行目の「四八号証」の次に「の一ないし三」を各加え、同四六九枚目裏一〇行目及び同四七〇枚目表三行目の各「経過」を「経路」に、同丁裏八行目の「放出路」を「放水路」に、同面末行の「蒸気濃縮装置」を「蒸発濃縮装置」に、同四七六枚目(記録五七〇丁)表末行の「安当」を「妥当」に、同四八三枚目(記録五七七丁)表初行の「おいて」を「あたり」に、同四八五枚目表九行目の「七二号証」を「七三号証」に、同四八七枚目裏八行目の「よれび」を「よれば」に各改め、同五一八枚目(記録六一二丁)表一〇行目の「マンガン」の次、「モリブデン」の次に各読点を、同面末行の「相当品」の次に「低合金鋼」を各加える。

(二)  同五二三枚目(記録六一七丁)裏六行目の「SCCは、」から同五二四枚目裏四行目までの説示を、次のように改める。

「そして、乙九号証及び原審証人都甲泰正の証言によれば、本件安全審査会においても、SCC事象の防止方法は原子炉施設の安全に関する基本設計には属さないものと判断されて、これを安全審査の対象にしなかったことが認められる。

そこで、被控訴人の右主張につき考えるに、原子炉施設の安全に関する基本設計というのは工学上の概念であり、原子力委員会(現在は原子力安全委員会)において原子炉設置許可申請につき安全審査するにあたっては、専門技術的見地からする裁量的判断をもって、当該申請内容に即して適正で合目的的に審査範囲を定めるべきものであり、したがって、本件原子炉設置許可申請についても、圧力バウンダリのSCC防止対策が安全の基本設計に属する問題であるのか、あるいは詳細設計に属するか、運転管理上の規制に服すべき問題であるというのかは、第一次的には行政庁の専門技術的見地からなす裁量的判断に委ねられているものであって、かかる行政判断が委ねられた裁量の範囲を逸脱した場合にはじめて司法審査による規制を受けると解すべきである。しかして、SCC防止に関する工学上の知見及び工業的対策については、原判決が認定するとおりであって(原判決五二四枚目裏五行目から五二九枚目表四行目まで)、本件原子炉が設置された当時には、すでに具体的な鋼種の選択、具体的な溶接工法の採用、具体的な運転方法の実施の各段階について、十分な工業的対策が講ぜられていると認められる以上、本件原子炉設置許可申請にあたり、被控訴人において、圧力バウンダリのSCC防止が原子炉施設の安全の基本設計に属さないとして安全審査の対象にしなかった点の判断については、裁量の範囲を逸脱したとは認められない。」

(三)  同五二七枚目(記録六二一丁)表一〇行目の「原子炉」の次に「冷却」を加え、同五三六枚目(記録六三〇丁)表六行目の「例えび」を「例えば」に改め、同五五一枚目(記録六四五丁)裏末行の「被覆管」の前に「燃料」を加え、同五六二枚目(記録六五六丁)表初行の「全系(体)」を「系統全体」に改め、同五七三枚目(記録六六七丁)表一~二行目を削除する。

2  (控訴人らが当審で主張する基本法及び原子炉等規制法の違憲論に対する判断)

原子炉施設設置の禁止を解除する行政処分に係る法律構成について、これを控訴人らが主張するように、原子炉施設の安全性の基準を、具体的個別事由で限定された法律要件をもって定立し、設置許可申請につき右要件の該当性を判断するにあたっては、原子力発電のトータルシステムに対する安全審査を経て、さらに周辺住民が参加する諸手続を履行したうえで、設置許可処分する方式にするか、あるいは、被控訴人の主張するように、法律には「災害の防止上支障がないものである」などの抽象的枠組を定めるにとどめ、具体的な安全判断を行政庁の専門技術的裁量に委ねるとの体制のもと、設置許可申請に対して段階別・分野別規制の方式に従って順次且つ個別的に、もっぱら科学技術的見地からこれを審査して設置許可処分する方式にするかは、立法機関の決すべき事項であると考える。そして、立法機関は、原子炉等規制法二三条、二四条について、後者の被控訴人の主張する法律構成を採用したものであるところ、立法機関がかかる立法政策を選択した理由としては、原子力発電の安全確保の技術が不断に急速な進歩を遂げつつある実情に鑑みて、自然法則に即した正確な認識・審査・判断がなされるためには、熟達した専門技術者において、最近の高度な科学技術知識に基づく洞察力を駆使し、段階を追い分野別に安全確保方法の合理性を検証していく必要があり、それが右目的を達成するうえで最も有効妥当な規制方式であると考えたからに外ならず(消極的に言えば、法律で具体的許可要件を定立しておくことにより、かえって陳腐な科学知識に基づく旧弊の技術水準に依拠した誤った結論に陥るおそれなしとせず、かかる危険を避けようとしたものであろう。)、かかる政策判断についてこれが憲法三一条、四一条、七三条一項に違背している、などとは解せられない。しかも、引用の原判決理由で説示されているように、本件原子炉施設の基本設計においては、施設から漏出することが想定されている放射線量は、周辺住民に対しその生命、身体、財産を侵害する程度に至ってはおらないから、その設置許可の根拠法規である基本法一条、二条、原子炉等規制法二三条、二四条について、憲法一三条、一四条、二五条、二九条に違背する余地はない。

そうすると、控訴人らが当審で主張する基本法及び原子炉等規制法の違憲論は失当であり、採用することができない。

四  チェルノブイル事故と本件安全審査

昭和六一年四月二六日に発生したチェルノブイル事故の概要に関する当事者双方の認識は、いずれも原子力安全委員会ソ連原子力発電所事故調査特別委員会作成にかかるソ連原子力発電所事故調査報告所(全二冊)〈証拠〉から得られた知見に基づくものであり、したがって事実主張はおおむね当事者間に争いがなく、さらに補充的に右書証により事実認定するならば、右事故の概要は次の1ないし4項に説示するとおりである。

1  チェルノブイル発電所の概要

チェルノブイル発電所は、ソ連ウクライナ共和国の首都キエフの北方約一三〇キロメートルに位置する発電所である。同発電所では、チェルノブイル事故の発生時において、ソ連が独自に開発した、黒鉛を減速材とし、軽水を冷却材とする黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉(RBMK-一〇〇〇型炉)(定格熱出力三二〇万キロワット、定格電気出力一〇〇万キロワット)が四基運転中であり、今回事故を起こしたのは、そのうち昭和五九年三月に運転を開始した四号炉である。なお、さらに二基の同型式のプラントが建設中であった。

チェルノブイル四号炉の主要な設計上の特徴は、〈1〉燃料及び冷却材を収納する縦型の燃料チャンネルを有する炉であり、〈2〉ジルコニウム被覆管に収納した二酸化ウラン製の燃料棒を円筒状に束ねた燃料集合体を使用しており、〈3〉燃料チャンネル間には減速材としての黒鉛ブロックが存在し、〈4〉タービンに蒸気を直接供給するいわゆる再循環方式の沸騰水型炉であるということである(別図参照)。

これらが、全体として原子炉の特徴を決定しており、ソ連によると、〈1〉原子炉圧力容器が不要なため製造が容易なこと、〈2〉複雑で高価な蒸気発生器が不要なこと〈3〉運転中の燃料交換が可能なこと等が優れた点であるとされているが、問題点としては、この炉は、定格出力の約二〇パーセントを下回る状態では、反応度出力係数が正となるということである。また、炉心の出力分布を安定させるために複雑な制御システムを必要としている。

2  チェルノブイル事故の経過

チェルノブイル事故は、チェルノブイル四号炉において、発電所外部の電源が喪失してタービンへの蒸気供給が停止した後、タービン発電機の回転慣性エネルギーがどの程度発電所内の電源需要に応じることができるかという実験を実施中の昭和六一年四月二六日午前一時二三分頃発生した。

(一)  実験計画によれば、右実験は、原子炉が熱出力七〇ないし一〇〇万キロワットの状態で実施されることになっていた。同年四月二五日午前一時、運転員は、実験計画に従って、定格熱出力三二〇万キロワットで運転中のチェルノブイル四号炉の出力の低下操作にとりかかった。同日午後一時五分、原子炉出力が定格熱出力の二分の一である一六〇万キロワットとなった状態で二台あるタービンのうち一台のタービンを送電系統から切り離した。実験計画によれば、出力の低下をさらに続けるはずであったが、給電担当からの要請により、その後、約九時間にわたって原子炉の熱出力が一六〇万キロワットの状態で運転が続けられた。

(二)  同日午後一一時一〇分、運転員は、出力降下の操作を再開した。その後、運転員が出力制御系の操作手順を誤ったため、原子炉の熱出力を三万キロワット以下に低下させてしまった。

(三)  翌二六日午前一時、運転員は、原子炉の熱出力を二〇万キロワットにまで回復させたが、キセノンの毒作用の進行等の理由により、これ以上の出力上昇は困難であった。原子炉の出力は実験計画で決められていた値を下回っていたが、この出力で運転が継続された。

(四)  同日午前一時三分及び七分、これまで既に作動していた六台の主循環ポンプに加えて、さらに主循環ポンプを一台ずつ起動させた。この主循環ポンプの追加起動により炉心を通過する冷却材流量が増大し、これによって右炉心内の冷却材に占める蒸気泡の体積割合(ボイド率)が減少するとともに、気水分離器内の蒸気圧力が低下し、気水分離器内の水位は非常レベル以下になった。このような状況においては原子炉が自動停止してしまう可能性があるため、運転員は、気水分離器内の蒸気圧と水位に関する安全保護信号の回路を切った。

また、同日午前一時一九分、運転員は、気水分離器の水位の低下を防ぐため、気水分離器への給水を増加させたところ、低温の冷却水が気水分離器を介して原子炉内に流入したため、炉心におけるボイド率が減少し、負の反応度が加えられた。そこで正の反応度を加え、原子炉の出力を維持するため、自動制御棒及び手動制御棒が相次いで引き抜かれ、これによって反応度操作余裕が少なくなった。このとき反応度操作余裕は、運転規則で定められている最小値三〇本相当を大幅に下廻る六~七本相当の制御棒にまでなっていた。

気水分離器の水位が上昇してきたため、同日午前一時二二分ころ、運転員は、給水流量を急激に低下させたが、この結果、炉心に流入する水の温度が上昇し、ボイド率が上昇した。

同日午前一時二二分三〇秒、反応度操作余裕が運転規則で定められた原子炉の緊急停止を要する値となるまで少なくなっていることが発見されたのにもかかわらず、運転員は、原子炉の運転を継続させた。

(五)  同日午前一時二三分、原子炉は、熱出力二〇万キロワットの運転状態にあって、原子炉の状態を示す各種データは一応安定した値を示していた。同日午前一時二三分四秒、運転員は、タービン発電機の蒸気停止加減弁を閉じ、実験を開始した。タービンの蒸気停止加減弁が閉じられ、タービンへの蒸気流が絶たれたため、タービンの回転数が低下し始め、それに伴い、タービン発電機を電源としていた給水ポンプ及び主循環ポンプの機能が低下した。そして、気水分離器内の蒸気圧及び循環水の温度が上昇するとともに、冷却材循環流量が低下し、炉心内におけるボイド率が上昇した。この結果、正の反応度が加えられ出力が上昇し始め、反応度出力係数が正のため出力の上昇は加速された。

(六)  同日午前一時二三分四〇秒、運転員は原子炉緊急停止ボタン(AZ-五ボタン)を押したが、原子炉の出力の上昇を抑制することができず(ソ連の解析によれば、四秒後に定格出力の約一〇〇倍の出力に達した。)、その結果、多量の蒸気発生、燃料過熱、燃料損傷、破損した燃料粒子による急激な冷却材沸騰、燃料チャンネル内の急激な圧力上昇、燃料チャンネルの破壊、そして最終的には、一時二四分頃爆発が二回発生し、全ての圧力管及び原子炉上部の構造物が破壊されるとともに、燃料及び黒鉛ブロックの一部が飛散した。原子炉建家の屋根も破壊され、炉心の高温物質が吹き上げられて原子炉諸施設、機械室等の屋根に落ち、三〇箇所以上から火災が発生した。これに伴い、多量の放射性物質が環境へ放出された。

(七)  なお、我が国の解析によれば、反応度事故に起因する燃料の微細化による伝熱面積の増加、及び高温に達した被覆管と水との急激な発熱反応が加わって、冷却材が急激に過熱されたために、気水分離器に至る一次系配管内の圧力が上昇し、かくして圧力管の上部及び下部において内圧破壊したものと考えられ、また燃料棒が溶融破損し、それに伴いジルカロイ被覆管などが高温になって破損し水との接触面積が極端に増加するため、極めて急激に水素が発生し、建屋内で可燃限界を超え、爆発または爆ごうにより建屋を破壊しうるものと推定され、さらには炉心下部、気水分離器室及び燃料取扱室においても水素燃焼または爆発の可能性も考えられているが、炉心内で爆発が生じたとは考え難いとしている。

3  チェルノブイル事故により放出された放射性物質による影響

ソ連の推定によれば、事故により放出された希ガス核種については、炉内存在量のほぼ一〇〇パーセントに相当する約五〇〇〇万キューリー(五月六日時点に減衰補正した値)であり、希ガス以外の核種については、炉内存在量の約三ないし四パーセントに相当する三〇〇〇万ないし五〇〇〇万キューリー(同前減衰補正値)であり、また放出された燃料についても、原子炉施設敷地内に〇・三ないし〇・五パーセント(炉心初期蓄積量に対する割合)、敷地から二〇キロメートル以内に一・五ないし二パーセント、そして二〇キロメートル以遠に一ないし一・五パーセントが散在した。

チェルノブイル事故により同年八月二一日現在二〇三名が急性の放射線障害を被り、三一名が死亡した。また、チェルノブイル発電所周辺では住民約一三万五〇〇〇人が退避したとされている。

4  チェルノブイル事故の原因

(一)  ソ連の報告によれば、運転員の規則違反が第一義的な原因であったとして、次の六項目を挙げている。

(1) キセノンの毒作用をのりこえて出力を上昇させるため、制御棒を次々に引き抜き、「反応度操作余裕」を著しく少ない状態に陥らせ、炉の緊急停止機能を低下させたこと。

(2) 局所出力自動制御系(LAC)から平均出力自動制御系(AC)に切り替える時オペレーターのミスで試験計画で指定されている出力よりさらに低い出力にまで低下させ、炉を不安定な状態に置いたこと。

(3) 試験プログラムを実施するため、想定で定められている流量を超えて待機中の循環ポンプが投入された(低出力状態で八台の主循環ポンプをするため、過剰な冷却水を送り込んだ)ことにより、冷却水の温度が飽和温度近くなり、炉を極めて不安定な状態にしたこと。

(4) 試験を繰り返す必要があるかもしれないと考えたため、二基のタービン発電機の停止信号に基づいた炉の保護信号をバイパスさせ、炉の自動停止の可能性を失わせたこと。

(5) 炉が不安定な状態でも試験を遂行しようとしたあまり、気水分離器内の水位レベルと蒸気圧に関する保護信号をバイパスさせ、熱パラメータによる炉の停止機能を失わせたこと。

(6) 試験を遂行中にECCSの誤動作を避けるため、ECCSを切り離し、これによって事故の規模を小さくする可能性を失わせた。

そして、かかる運転員の規則違反やずさんな試験の行われたことの背景として、運転員らの炉の安全に対する認識が不足していたこと、危険一般に対する感覚を失っており、油断があったこと、試験が成功しない場合少なくとも一年間試験が延期されることになり、又事故当夜が金曜の夜から土曜にかけてであったこともあり、早く試験を終わらせたい気持ちが強かったことなどが指摘されている。

(二)  我が国の原子力安全委員会においては、事故原因につき次のとおり評価する。

まず、事故炉の設計上の問題点について、RBMK型炉は、大きな正のボイド係数に基づく炉心動特性及び安定性、特に低出力で不安定になる傾向がある。そして、このような反応度フィードバック特性に対応して、制御系、安全系の設計が万全であれば容認することもできようが、たとえば緊急停止系において一ドル/S以上の負の反応度を投入する設計にはなっているものの、反応度投入速度は「反応度余裕」がある値以上ないと保障されないし、しかも「反応度操作余裕」の確保は運転規則という形でしか担保されておらず、警報、インターロック、自動停止等設備面での対策は何もなかった。また放射能の閉じ込め系は、多数の圧力管が破断し上段遮蔽体を含む炉心上部と建屋を破壊したため「局所化格納システム」の機能が発揮されなかった。以上のように評価する。

次に、ソ連の報告で指摘された運転員の規則違反(1)ないし(6)点について

(1) 「反応度操作余裕」が規定値を大幅に下回っているのに炉の停止をしなかった点は、緊急停止の機能を大きく損なうもので極めて重大な違反であって、「反応度操作余裕」が不足する状態においてボイド係数は一層大きくなり、原子炉はさらに不安定な状態になる。

(2) 計画より低い出力で試験を行った点は、低出力においては著しく不安定となるという、この炉の特性ないし問題点を全く理解していなかった行為である。

(3) 待機中のポンプを起動し、規定値を超える流量で冷却材を流した点は、炉心のボイドがほとんど消失して、冷却系全体が事故直前にはほとんど飽和に近い状態になり、僅かな外乱で大きなボイド率の変化を生じ得る状態になっていた。

(4) タービン二基停止でスクラムの安全信号をバイパスした点は、最後の致命傷とでもいうべき違反であって、この違反がなければ事故を防止することもできた可能性は高い。

(5) 気水分離器内の水位、圧力のスクラム信号をバイパスした点及びECCSを切り離したまま運転を継続した点は、たとえこれらの違反がなくても事故の発生と進展には基本的な変化がなかったと考えられる。

と評価する。

そして、考察をすすめて、事故の直接の原因は運転員の規則違反であるにしても、その背後に安全確保のための管理体制に問題があったことが示唆されている、という。すなわち、今回の事故で特徴的なことは、運転員の規則違反のほとんどが単なる錯誤というよりも意識的なものであったということであり、しかも、運転員は数々の規則違反を犯しながら、原子炉がどれほど危険な状態になっているかについての認識がなかったか、あるいは極めて不十分であったとして、これは運転員のみならず試験計画者、発電所の管理体制全般に、安全を最優先するという意識が希薄だったのではないかと思われると指摘し、この事故は、多重防護の思想の正しさと重要さを改めて示したものと言ってもよい、と評価する。

右委員会の評価した結果は合理性が認められ、これを首肯することができる。

要するに、チェルノブイル事故の原因というのは、チェルノブイル四号炉は、低出力では反応度出力係数が正のフィードバック特性を示し固有の自己制御性を失う動特性があるのに、それに対応し得るだけの制御系・緊急停止系が確保されていないとの設計上の問題があったところ、安全思想が希薄な管理体制のもとで、運転員が意識的に多数かつ重大な運転規則違反を重ねたことによって生じた、原子炉の反応度事故である。

5  〈証拠〉によれば、本件安全審査においては、原子炉に異常な反応度が投入され核分裂反応が急上昇する事象に対しては、すべての出力領域で反応度出力係数が負となること、すなわち自己制御性を有していることを確認しているうえ、同特性に対応する緊急停止系についても、各制御棒に一個ずつ設置されたアキュムレーターの水圧によって、全制御棒を原子炉内に挿入する設計となっており、なお万一その圧力が低下した場合にも、原子炉圧力を利用して制御棒を原子炉内に挿入できる設計となっていること、さらに最大の反応度価値を有する制御棒一本が完全に引抜かれて挿入できない状態を仮定しても、その他の制御棒の全挿入によって炉心を未臨界とできる設計となっていることを確認しており(原判決五三三枚目裏一〇行目から五三五枚目裏末行まで参照)、次に、反応度が投入される事象に対する設計の妥当性を評価確認するため、原子炉の運転状態において原子炉施設寿命期間中に予想される機器の単一故障又は誤動作もしくは運転員の単一誤操作などによって原子炉の通常運転を超えるような外乱が原子炉施設に加えられた状態、さらには、「運転時の異常な過渡的変化」として、未臨界状態からの制御棒引抜、出力運転中の制御棒引抜等を想定し、また「事故」として制御棒落下事故等を想定し、そのいずれの場合でも安全性が確保されることを確認している、との事実が認められる。

そうすると、本件安全審査においては、本件原子炉施設の基本設計について、反応度事故の発生を防止するための安全確保が十分に施されていることを確認しているものであるから、チェルノブイル事故の発生により本件安全審査の合理性に対し疑義を生ずる由はない。

なお、控訴人らは、本件安全審査においてはチェルノブイル事故のようなシビア・アクシデントの発生を想定した災害評価がなされていない点を非難するのであるが、同審査においては、本件原子炉がシビア・アクシデントの発生防止対策を十分に施していることを確認したからこそ、これを想定事故として立てなかったものであって、その判断には合理性がある。

6  〈証拠〉によると、我が国の原子力安全委員会は、チェルノブイル事故をふまえて、我が国の原子力発電所の現状について、設計、建設、運転管理の各段階にわたり、改めて検討、評価し、我が国の原子炉施設の安全確保上意義ある事項について考察したことが認められ、そのなかで控訴人らが本訴において問題点として掲げる事項に対しても、注目すべき見解を表明している。

まず、反応度投入事象の発生を防止するための制御棒駆動機構及び原子炉停止系による原子炉停止機能は信頼性の高い構造設計となっており、反応度事故に対する設計上の安全確保対策について改善を図らなければならない点は見出せない、また格納容器の設計条件等の要求は軽水炉について最も整備されており、現在安全評価において用いられている値を相当上回る大量の水素発生時にもその機能が維持できると考えられる、と評価している。シビア・アクシデントに至ることの防止についても、設計、建設、運転管理の各段階において多重防護の各々のレベルに対応した適切な措置が講ぜられていることを確認し、仮に異常が発生しても、これを設計基準事象の範囲にとどめることが期待できること、安全系は、十分信頼性が高く、かつその設計には大きな余裕があり設計事象の範囲を超えてもかなりの範囲にわたって機能が維持できるし、事故時に適切な操作を行うことによって、異常事象を安全な範囲に収め、あるいは仮にこれを超えても災害の度合いを著しく低下させること等が明らかになりつつある、と評価する。

次に、ヒューマン・ファクターとマン・マシーン・インターフェイスの事項について、中央制御室の設計を詳細に調査した結果、(イ)原子炉の運転状態を把握するために重要な計器は、概ね中央制御盤上で運転員が容易に確認できる配置としており、また正常状態から逸脱した場合、速やかにかつ容易に確認できる警報を発生するようにしていること、(ロ)原子炉が正常状態からある程度以上逸脱すると、原子炉停止系などの安全系が動作し、原子炉の状態の如何にかかわらず、かつ運転員の操作を期待することなく原子炉の安全を保てる設計になっており、ことに安全上重要な設備は、その機能が必要となる事態が発生すれば少なくとも一〇分間は運転員の操作を期待しなくとも良いように設計されていることを確認したこと、(ハ)運転員が操作を行う場合には、所定の条件が整っていなければその操作ができないよう、あるいはその操作が所定の範囲を逸脱しないように、各種のインターロックが設けられていること、(ニ)制御室の設計に当たっては、人間工学的考慮に基づき、運転員の誤操作等を防止するためにきめの細かい対策が取られていること、等の評価をして、我が国の原子力発電所におけるマン・マシーン・インターフェイスは現状においては良好なものであるという。

そして、運転管理体制についても、安全確保の上で適切なものとなっていると考える、と評価している。

以上は、本件安全審査について、それが相当な結果を得ていることを、追跡的に証明したものといえる。

五  この判決は、本件原発はその基本設計において安全性が確保されていると認められる、というものである。

原発は、その基本設計の後に詳細設計がなされ、その後に製造、建設がなされ、完成して運転がなされる。

判決は基本設計のみを対象として安全性があるというにすぎない。現実に建設され運転されている原発が安全性を有するかは別問題である。原発が安全であるというためには、安全性の認められる基本設計に厳密に従って、詳細設計がなされ、建設がなされ、運転がなされなければならない。したがって、各段階の関係者は最善の努力によって安全性を実現しなければならない。たとえば、破損してしまうような再循環ポンプを製造してはならず、又、チェルノブイル原発の運転員のような間違いを犯してはならない。

我が国は原子爆弾を落とされた唯一の国であるから、我が国民が、原子力と聞けば、猛烈な拒否反応を起こすのはもっともである。しかし、反対ばかりしていないで落ちついて考える必要がある。

最近の資料によれば、我が国の全発電量の約三割が原子力発電であり、あと、水力発電が約一割、火力発電が約六割である。原発をやめるとしたら、代替発電は何にするのか。水力発電は増加を望めないから、火力発電をふやすというか。

火力発電は石油、石炭などを燃焼させて発電するものであるが、これら化石燃料を燃焼させることによって、第一に、二酸化炭素を発生して地球温暖化問題を生じ、第二に、硫黄酸化物・窒素酸化物を発生して酸性雨問題を生じている。かように、火力発電は地球環境を汚染するので、原発は危険だが、火力発電は安全だ、とはいえない。

これに対し、原子力発電は核分裂によって生ずるエネルギーによって発電するもので、燃焼を伴わないから、二酸化炭素や硫黄酸化物・窒素酸化物を発生させず、火力発電のように地球環境を汚染することはない。ただし、原子力発電は放射性廃棄物の処理、使用済核燃料の再処理という困難な問題を生じている。

結局のところ、原発をやめるわけにはいかないであろうから、研究を重ねて安全性を高めて原発を推進するほかないであろう。

六  よって、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川良雄 裁判官 武田平次郎 裁判官 木原幹郎)

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